『芥川龍之介写真集』の表紙。リラックスした姿が印象的

日本近代文学を代表する作家、芥川龍之介(1892~1927年)に新たなスポットを当てた展覧会と写真集が注目されている。日本近代文学館(東京都目黒区)で開催中の「芥川龍之介展」(6月8日まで)と同館編『芥川龍之介写真集』(秀明大学出版会)。日の目を見ることが少なかった資料も多く、新たな芥川像が浮かび上がる。

「どこを切っても新しい断面が見えてくる。芥川の新たな研究の種になるような見せ方を心掛けた」

同展編集委員の庄司達也横浜市立大教授が展覧会のねらいを語る。芥川家などから昭和39年以来同館に寄託・寄贈されてきた資料群「芥川龍之介文庫」の目録が昨年46年ぶりに増補改訂・刊行された記念の展覧会で、約200点を展示する。

庄司教授が「目玉」というのが和漢籍、洋書など芥川の旧蔵書。そのラインアップや、読了日、感想の書き込みなどから、芥川が目指した「『知』の宇宙」の世界が垣間見られる。

旧蔵書は3人の専門家が調査を担当。この過程で、澤西祐典龍谷大准教授がフランスの作家、アナトール・フランスの恋愛小説『赤い百合』の英訳版にはさまれた押し花2点を発見。押し花の日付(大正3年7月12日)や花言葉などから、当時の芥川の思い人とのやりとりや、第一次大戦をめぐる反戦・非戦主義的態度への見方も示す。

芥川龍之介展の生涯をたどるコーナーには、画家で友人だった小穴隆一画「死の床の芥川龍之介」も=東京都目黒区の日本近代文学館

創作に関するメモやノート、草稿、初版本から芥川の思考の軌跡、俳句や歌、書画、書簡を通じた斎藤茂吉や佐藤春夫、室生犀星らとの交友も紹介する。

さらに10歳で作った回覧雑誌、家族への絵はがき、平成20年に原本が見つかった遺書、菊池寛らの弔辞まで展示し、35年の生涯をたどる。芥川の親戚で幕末の通人だった細木香以をめぐる森鷗外からの書簡、その関連で令和4年に見つかった資料を並べた展示も見ものだ。

旅館でくつろぐ姿

一方、同展に合わせ「文庫」収蔵のオリジナル写真などをもとに作られたのが『芥川龍之介写真集』。

「見たことがない写真が多く、まとめてみてはどうかと提案した。こういう形で作家の写真集が出るのはあまり例がない」と経緯を話すのは、編集統括で芥川の資料にもくわしい秀明大学の川島幸希名誉学長。

オールカラー、3章構成で189点を収録。撮影時期・場所、撮影者、裏書きも載せ、関連した作品や書簡の文章も添えた。帯のコピーは「芥川を『見る』」。まず目を引く表紙の写真は、大正10年の「湯河原温泉『中西旅館』にて」。

「秀才・天才のイメージがあるが、温泉宿でまったりする姿もいい。ひと味もふた味も違うイメージがわく」(川島名誉学長)

編集でとくに力を入れたのが第2章「中国旅行」。大正10年、大阪毎日新聞から海外視察員として約3カ月派遣された中国での様子を写した73点。詳細がわからないものも多かったが、中国人の芥川研究者2人の協力も得て足跡を追った。

「彼が中国でどんな歩みをしたか、いろいろな発見がある。例えば、これまでわからなかった帰国日が、今回の調査で確定できた」という川島名誉学長は写真集の意義をこう話した。

「近代文学は未発見の資料の宝庫。芥川でも日の目をみていない資料がこんなにあり、丹念に調べればまだまだ出てくる。その契機にもなれば」

(三保谷浩輝)

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