関西では当たり前?みんな大好き「地蔵盆」

8月24日の午後1時すぎ。

さっそくNHK大阪放送局の近く、大阪市中央区谷町で開かれている「地蔵盆」へ。

すると、道路沿いに現れたのは、白いテントと色鮮やかな提灯。

お地蔵さんも飾り付けられ、お供え物も並んでいます。

そこに、次々と訪れる子どもたち。

さい銭を入れたあと、拝み方を教わって手を合わせると…。

やっぱり!お菓子の詰め合わせをもらっています。

しかも、けっこうな量。

皆、うれしそうです。

こうした地蔵盆は、ちょっと歩いただけで、たくさん発見。

NHK大阪放送局近くの500メートル四方で、私が確認しただけでも、5か所で地蔵盆をしていました。

中にはこんな人も。

街中に貼られたポスターをチェックして、地蔵盆の場所や時間帯を確認。

ママ友同士で情報交換をしているということで、手帳には地蔵盆の場所がズラリ。

親子で回って楽しんでいるそうです。

「お祭り感覚で友達が集まって、ニコニコして回るのがうれしいです。毎年、毎年、新しいところを見つけるので、親も子どももテンション、上がります」

ひときわ多くの人が集まる、豪華な地蔵盆も見つけました。

お菓子を配る時には、子どもや親子連れの長蛇の列が。

さらに、スーパーボールすくい、射的などのゲームも楽しむことができます。

しかも、すべて無料。

聞けば、地元の人たちや企業からの寄付で資金を集めているということです。

「お菓子をもらえてうれしい」

「このあと射的をして遊ぼうと思っています」

日が落ちても地蔵盆は続きます。

こちらのお寺では、道路に面した場所のお地蔵さんの祠(ほこら)を飾り付け、祭壇を設置。

提灯がともると、地域の人たちが集まって、お地蔵さんに手を合わせていました。

初めて参加した「地蔵盆」。

想像以上の盛り上がりで、まさに街中がお祭りモード。

でも、一体、地蔵盆って、何なのでしょうか?聞いてみると…。

「えー、わかんない。子どもたちのお祭りじゃない?」

「わからないです・・・(笑)恥ずかしい」

「7年くらい参加しているけどわからない」

「(いつから?)今、3年生だから1年生のときからやってる」

皆さん、楽しんでいるわりには、意外に知らない様子。

ならば、調べてみるしかない!

地蔵盆って、一体、何なん?

訪れたのは「大阪歴史博物館」。

民俗学が専門の澤井浩一さんに話を聞きました。

澤井さんは、およそ30年前に大阪市内を歩き回って地蔵盆を調査していました。

私が今回体験したような、お菓子を配布するもの以外にも、大きな数珠をみんなで回して念仏を唱えたり、「護摩だき」をしたりと、その形態はさまざま。


「澤井さん、地蔵盆って何ですか?」

大阪歴史博物館/澤井浩一さん
「主に関西から東海地方にかけて『地蔵盆』という名前で行事が残っているのですが、実はあまり詳しいことはよくわかっていなくて、研究も体系立ったものは少なく、不明なところも多いんです」

「え、そうなんですか?」

大阪歴史博物館/澤井浩一さん
「もともと、お地蔵さんは、死者が地獄で苦しむのを救ってくれる仏様だということで中世から信仰を集めてきたんです。その時に地蔵盆のようなものがあったのかは、わからないのですが、江戸時代になると、お地蔵さんに子どもの守り神的な性格がついて、現在のような、子どもと関わりのある地蔵盆の記録が残っています」

そう言って澤井さんが紹介してくれたのが「難波鑑」(なにわかがみ)という江戸時代前期の書物の挿絵。

よく見て下さい。

提灯をかけ、祭壇に供え物をしたお地蔵さんの前に、子どもたちが集まっている様子が、描かれています。

この頃、すでに年中行事として大阪で広がっていた可能性が高いようです。

大阪歴史博物館/澤井浩一さん
「今とほとんど変わらない姿ですが、当時は『地蔵盆』ではなく『地蔵祭』を呼ばれていました。お地蔵さんには現世利益的なこともあったと言われていますので、わりと、人々の願いとか供養の思いを受け止めていただいて、何百年も続いている行事ですね」

澤井さんによると、お地蔵さんにどんな願いを込めるかは、時代や場所、人によっても、それぞれとのこと。

碁盤の目のように細かく区切りされた江戸時代の大阪の中心部では、お地蔵さんは、街の守り神として、道路が交わる交差点などに数多くまつられていたそうです。

だから、今も、大阪市内では、たくさんのお地蔵さんを見かけるんですね。

そのあつい信仰心は、今も地名となって残されています。

その名も「六万体町」。

大阪市天王寺区にある地名です。

近くのお寺にはたくさんのお地蔵さんが。

実は、この地域には「6万体のお地蔵様が地下から掘り起こされた」という、古い伝承が残り、町名にまでなっていました。

真光院/瀧藤康教 住職
「お地蔵様はお子さんのために手を差し伸べてくれる優しい仏様です。人々は日頃からお地蔵様をまつられて、道端でも手を合わせる、身近な存在なのです」

ここまで地蔵盆が続いているのは、お地蔵様への愛着があったからなんですね。

お菓子を渡すの、なんでなん?

もう1つの大きな疑問。

子どもにお菓子を配るのは、なんでなん?

聞いたのは、奈良大学の村上紀夫教授。

日本で、数少ない地蔵盆の研究者です。


「先生、なぜ、お菓子を配るんですか?」

奈良大学/村上紀夫教授
「もともとのルーツで言うと、江戸時代、お地蔵様へのお供え物の『お下がり』をいただき、それを調理してみんなで食べていました。例えば、サツマイモを蒸かしたり、野菜を使ってお惣菜パーティーみたいなことをしたりというイメージです。お供え物をみんなで食べるというのが、もともと本来の意味だったんです」

その風習が、大きく変わったのが明治時代。

原因は感染症「コレラ」の流行だったといいます。

奈良大学/村上紀夫教授
「『お下がり(お供え物)』を調理して食べるというのは、おそらく明治30年代のコレラ流行を1つのきっかけにして廃れていきます。夏の暑い時期に、人が集まって、共同で飲食するようなことは、コレラを広げるようなものなので、政府はやめろと。そこで共同で飲食をする代わりに、お菓子を配ったり、ゲームをしたりするようになったんです」

もともとはお地蔵さまへのお供え物を皆で調理して食べていたものの、感染症が原因でできなくなり、代わりに広がったのがお菓子の配布やゲームだった、ということのようです。

奈良大学/村上紀夫教授
「それぞれの時代に生きた人たちが、時代に対応する中で、姿を変え、時に形を変えて、現代までつながっているのが『地蔵盆』という行事なので、街の歴史が反映されたものだと思っています。かっこよく言うと、それ自体がアーカイブという感じがします」

地蔵盆の思い、これからも

地蔵盆は、少なくとも江戸時代以降、姿を変えながらも、脈々と続いてきたことがわかりました。

大阪市内で、あの豪華な地蔵盆を開いている吉村賢一さんは、行事をきっかけに「新たな地域のつながり」が生まれることを願っています。

水呑地蔵講 講元/吉村賢一さん
「この近辺は古い街ですから、何十軒とお地蔵さんをまつっているので、8月の1つのイベントとして地域おこしに役立っていると思います。この地域の人にとって、昔からのお住まいの方々、新しく来られた方々が、混ざることができる場所として今後も存在したい」

娘がもらったお菓子をきっかけに始めた今回の取材。

参加者や主催者の思い、その歴史を知る中で、「地蔵盆」が多くの人たちに愛されてきたことを実感しました。

そして何より、どの会場にもあふれる、子どもたちのうれしそうな笑顔を見て、「地蔵盆」は地域のつながりを大切にする関西文化の結晶だと感じました。

【番外編1】「地蔵盆」の名前の由来は?

江戸時代までは「地蔵祭」と呼ばれるのが一般的で、「地蔵盆」という呼び方が広がったのは明治時代からとみられています。

きっかけの1つが、明治政府の富国強兵政策。村上教授によると「明治政府には、皆が集まってお盆にイベントをするのは、無駄金を使っているようにしか見えなかったのではないか」ということで、明治の初めには、さまざまなお盆行事が禁止されるようになります。京都では、地蔵祭を禁止する「府令」が出されました。

しかし、こうした中でも地蔵祭への人々の思いは消えなかったようで、明治10年代に復活。その際に「地蔵盆」という名前が広がったとみられるということです。

奈良大学/村上紀夫教授
「盆踊りも復活、送り火も復活と、盆行事がワーッと復活していく中で、お地蔵様をおまつりする行事も一緒に復活していく。人々の意識の中で『これも盆行事やね』という意識が強くなり、地蔵『盆』と、盆行事とのつながりを強調するような表現が広がっていったのではないかと思います」

【番外編2】地蔵盆は近畿だけ?

今回取材した「地蔵盆」は、一体、どのような地域で実施されているのでしょうか。

この図は、京都市の「京都の地蔵盆ハンドブック」に載っていたもの。●が「地蔵盆または地蔵まつり」という名前で行事が行われている場所です。近畿地方が多いですが、そのほかの地域にも確認できます。

文化庁に確認したところ、昭和37年度から昭和39年度の3か年で、全国で「民俗資料緊急調査」という調査が実施され、その結果をもとに作られたのが上の図だということでした。

文化庁によると、この調査以降、全国的に地蔵盆の分布を調査したものは無いということです。

(9月11日「ほっと関西」で放送)

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