愛知県産めぐみ鴨を北京ダックの技法で調理。ジュニパーベリーのクリームソースと、鴨の骨と赤ワインで作ったソースの2種を添えた(東京・丸の内の「セザン」)

東京・丸の内にあるフォーシーズンズホテル丸の内東京のメインダイニング「セザン」は今、日本でもっとも注目されるフランス料理店だ。3月には「アジアベストレストラン50」で1位を、10月には「ミシュランガイド東京2025」で新たに三つ星を獲得して脚光を浴びた。

エグゼクティブシェフのダニエル・カルバートさん(37)は英国出身。料理人として働き始めた16歳の頃から「自分がシェフとして店を三つ星にすることを夢見ていた」と話す。真剣に料理に向き合う姿勢は夢がかなっても変わらない。「これから、もっとクリエーティブになることができる」と、授賞式の翌朝もいつものように東京・豊洲の市場に向かい、試作のためのあん肝を求めた。

セザンのエグゼクティブシェフ、ダニエル・カルバートさん。「日本独自の食材をもっと料理に取り入れていきたい」

「働かせてください」と毎日メールを送り続けて職を得たニューヨークの「パ・セ」、パリの「エピキュール」など三つ星店でキャリアを積んだ。27歳のとき香港の「ベロン」でヘッドシェフを務め、2020年に来日。21年にホテルの総料理長に就任し、飲食全般を指揮している。セザンのシェフとしては「家族につくるように愛情を込めて料理し、家のようにくつろいでもらいたい」。そんな思いで腕を振るう。

名だたるファインダイニングで各地の料理の技法を習得した。鴨(かも)肉の一皿はそんなシェフの歩みがよくわかる。

「愛知県産めぐみ鴨」は香港で得た北京ダックの技法を用いている。麦芽糖を塗り冷蔵庫で一晩おいてから扇風機で表面を乾かし、熱した油をかけて皮目をパリッと仕上げた。提供前には備長炭の炭火であぶって香ばしさを加えている。

そのうえで、フランス料理として表現する。2種類のソースのうち、赤ワインのソースは鴨をさばくたびに出る骨を焼いて毎日フレッシュな鴨のだしをとり、つぎ足す形で味わいを深める。「仕込むのはとても手間がかかりますが、出来たてのソースが生む風味は何ものにも変えがたいのです」

英国伝統のスモークサーモンとキュウリのサンドイッチに着想を得た一皿

イクラとキュウリのジュレは、英国伝統のスモークサーモンとキュウリのサンドイッチをイメージした。カツオだしとマイヤーレモンを使ったマリネ液につけ込んだイクラは、穏やかな酸味が感じられる。イクラの下にはキュウリのゼリー。さらにその下には、ワサビの代わりに西洋の辛み、ホースラディッシュを加えた滑らかなジャガイモのスープを敷く3層で、フランス料理のバランスに調えた。

ダニエルさんは「店の評価はスタッフが一丸となって料理と向き合った結果。支えてくれたスタッフに、きちんと還元したい」と話す。セザンの厨房では現在、8カ国、19人が働く。若者には技術と料理への向き合い方を伝え、キャリアの積み方などの相談に乗る。様々な国で働いてきた経験が今に生きていると考えており、知人のシェフや店の紹介も含め、海外で働きたいと希望するスタッフの背中を押す。

セザンは10月17日発表の「ミシュランガイド東京2025」で新たに三つ星に輝いた

開業時から働いていた、ペルー出身のアドリアン・ラミレスさん(30)は、11月ドバイに開業した、スウェーデンの三つ星レストラン「フランツェン」の支店「レストランFZN」のペストリー部門へ。同じくセザンで3年目の部門シェフの村上京吾さん(25)は、パリの三つ星店「プレニチュード」の厨房へ入ることが決まった。

5月から土曜日だけ、9月からフルタイムで働き始めた19歳の料理人もいる。高校生の頃から「料理人になりたい」と連絡をし続け、卒業後に正式採用となった。熱心にメールを送ってくる姿に、かつての自分の姿が重なった。「とてもやる気がある。きちんと育てて、将来国際的に活躍する人材に育てたい」とダニエルさん。

スターシェフを夢見る若者にとって、下積み時代は地道な仕事の繰り返しで厳しい。「提案する立場にない、能力がないと思っているのか、新しい料理を提案するようにと言ってもなかなか上がってこなかった」(ダニエルさん)。そんな若手を励まし、モチベーションを高めようと思いついたのがSNSの活用だ。スタッフの一人、伊藤靖史さん(24)が提案した鰻(うなぎ)料理をブラッシュアップし、ダニエルさん個人のインスタグラムのアカウントで「伊藤さん発案の料理」と伊藤さんのアカウントのタグをつけて投稿した。すると「他のスタッフも提案してくるようになった」。

ハラペーニョの辛みをきかせたソースを添えた鰻の一皿。鰻はかば焼きというイメージが払拭される
提案した伊藤靖史さん(左)と。「チームの全員から常に学んでいます」と話すダニエルさん

鰻の一皿は、そんないきさつから生まれた。実家が鰻屋を営んでいる伊藤さんから、ダニエルさんは炭火での焼き方などを教わり、サンショウのイメージでハラペーニョの辛みをきかせたソースを添えた。鰻に挟んだのはキャラメリゼし、ブルーチーズをしのばせたタマネギのピュレだ。中国では鰻に発酵した豆腐の調味料を使うことから着想した。

香港を拠点とする新鋭の建築家、アンドレ・フーさんがインテリアをデザインした。ベージュ系の色合いでまとめたセザンは、知人の家に招かれたような温かみを感じる。「料理の本質と味わいを身につけた若者を、この厨房から世界に送り出していきたいのです」

ダニエルさんのインスタグラムのアカウント名は「シェ・カルバート」。フランス語でカルバートの家、という意味だ。若者が世界に羽ばたいてゆく「家」という意味も込められているようだ。

ライター 仲山今日子

山田麻那美撮影

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