手前の皿はビーチで食べることが多い「エスコビッチフィッシュ」。揚げた白身魚に、ビネガーソースを添える。付け合わせがフェスティバル スタイリング/まちやまちほ

「ようこそ、いらっしゃい!」。4月中旬のよく晴れた日の昼下がり、都内にある公邸を訪ねると、ショーナ ケイ・M・リチャーズ駐日ジャマイカ大使が自ら満面の笑みで出迎えてくれた。ジャマイカといえば、まず頭に浮かぶレゲエ音楽をBGMに、楽しいホームパーティーが始まった。

大使がかつて政府副代表として勤務した米ニューヨークの国連本部では、JAMAICAとJAPANはアルファベット順の席で隣同士で「JJパートナーシップ」という言葉が生まれたという。今年はこの2つのJにとって1964年の外交関係の樹立から、ちょうど60年の節目にあたる。

まずはそんな記念すべき年に乾杯。グラスには鮮やかなオレンジ色の「ラムパンチ」が注がれた。ベースとなるのはジャマイカの名産品であるラム酒。大使とっておきのレシピは、ホワイトラムにフルーツジュースや甘いシロップなどを加え、最後に込める「ONE LOVE(ひとつの愛)」が隠し味だと笑う。

ジャマイカのショーナ ケイ・M・リチャーズ大使30年間に及ぶ外交官という仕事で「世界は一つだと感じている」と話す(東京都)

ジャマイカは同じくカリブ海に浮かぶバルバドスに続いて、2番目に古いラム酒造りの歴史を持つ。ルーツにあるのは奴隷制度。15世紀末にコロンブスに発見された後、カリブ海の島々は長く西洋諸国の植民地となり、ジャマイカはスペイン、後に英国に支配された。多くの黒人奴隷が西アフリカから連れてこられ、ラム酒の原料になるサトウキビ農場で過酷な労働を強いられた。ラムパンチの甘さの裏には、苦い歴史がある。

リチャーズ大使いわく、ジャマイカ料理は「これまでジャマイカにやってきた多様な人たちを象徴するもの」。2500年前に定住した先住民から始まり、後にやってきたアフリカ、東インド、中国、欧州、中東など様々な民族の影響が混じりあい、独自の食文化が発達した。

キッチンからスパイシーな香りが漂ってきた。お待ちかねのメインディッシュ「ジャークチキン」もまた、同国の歴史を色濃く映す。オールスパイスやタイム、コショウなど何種類もの香辛料に漬け込んだ鶏肉をこんがりと焼き上げる。現地では家庭で楽しむこともあれば、ドラム缶を改造したグリルなどで豪快に焼き上げるストリートフードの一つでもある。

肉をスパイスでマリネする「ジャーク」という調理法は、先住民のタイノの人々が発明したようだ。諸説はあるが、農園での奴隷労働から山に逃れたマルーンと呼ばれる人々がその調理法を受け継ぎ、ジャークチキンが生まれたと考えられている。食料の限られる山奥では、肉を保存するために香辛料が欠かせなかったはずだ。成り立ちを知ると、かみしめるほどにエナジーが湧く力強い味わいにも納得がいく。

こんがりと焼き上がったジャークチキン。じっくり火を通すことでスパイスの香りが立つ

注目したいのが付け合わせ。棒状の揚げパンは親しみやすい味なのだが、面白いのは「フェスティバル」というその名前だ。底抜けに陽気なジャマイカの国民性を表しているようではないか。「ジャマイカには第六感があります。グッドバイブス(前向きな気分)です」と大使は言う。

ジャマイカは1962年に独立するまで、450年以上にわたって西洋の植民地支配に組み込まれた。「ジャマイカの困難な歴史は、私たちの持つグッドバイブスと直感的には相いれないかもしれないですね。でも、その歴史があったから、克服すべき課題があっても物事を不屈の精神で、前向きに捉えようという姿勢が生まれました」

楽しい時間はあっという間。気付けばデザートの時間だ。ラムをたっぷり使ったラムケーキと一緒に、名物のブルーマウンテンコーヒーが振る舞われた。まろやかな味わいが特長の高級豆で、日本でも広く知られる。

ジャマイカの国土には、山脈が島の東から西へと広がる。東部に位置するブルーマウンテン山脈は最も標高が高く、昼夜の温度差が大きい、霧がよく発生するなど、良質なコーヒー豆を育む条件がそろっている。この山の中でも指定されたエリアで栽培された、限られたコーヒー豆だけが「100%ブルーマウンテン」として輸出される。

「コーヒーが最初のジャマイカの駐日大使です」と大使が話すのには、理由がある。日本がこの豆を戦後初めて輸入したのは1953年。国交樹立より前から、ジャマイカと日本をつないできたのがコーヒーなのだ。

80年代にはUCC上島珈琲がブルーマウンテンの指定地区に直営のコーヒー農場を開き、農家を支援し続けてきた。日本への輸出量はかつて全体の9割を占めたが、現在は7割程度。それでもコーヒーが二国の友好の証しであることは変わらない。

17日にはジャマイカ出身のレゲエ歌手、ボブ・マーリーの伝記映画が公開される。彼の曲の中で「EVERY LITTLE THING GONNA BE ALRIGHT(全てうまくいくよ)」というフレーズを繰り返すものがある。きっとこれがジャマイカの人たちを貫く精神性なのだろう。心地よいリズムに浸りながら、まだまだパーティーが終わらないことを祈った。

平野麻理子

吉川秀樹撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年5月5日付]

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