静岡県の川勝平太知事の辞職に伴う知事選(26日投開票)で、リニア中央新幹線の行く末が注目されている。環境問題や水資源への懸念から県が工事に反対してきたことが、リニアの開業が遅れる一因とされてきたからだ。これまで選挙で圧勝してきた川勝氏が県庁を去り、支持してきた有権者の心情は複雑だ。「静岡が悪者にされるのはつらい」と――。
知事選が告示された9日午前。静岡市中心部で立候補者の街頭演説を聞いていた女性(70)はつぶやいた。「はっきりものを言う川勝さんを応援してきたのに、辞めるなんて残念です」
リニアのトンネルは県北部の南アルプスを通るため、そこを水源とする大井川の流量が減少する懸念があり、川勝氏は2017年以降、静岡工区の着工に「待った」をかけてきた。品川―名古屋間のルートにある7都県で唯一、駅が設置されない静岡にはメリットに乏しいという意見も根強い。
この女性は以前、別の工事の影響で実家周辺の地下水が減少して簡易水道を使えなくなった経験がある。「人ごとじゃない。通過するだけのリニアより、水の方が大事」と感じている。
ただ「国家的プロジェクトであるリニアを静岡が遅らせている」という批判を耳にする。JR東海は「静岡工区が開業の遅れに直結している」と強調し、今年3月には、目指してきた品川―名古屋間の27年開業を断念すると表明した。
「静岡が意地悪していると思われているのだろう。これでいいのかな、という思いもある」。女性はまだ投票先を決めかねている。
リニアに関する立候補者の主張は分かれているが、前浜松市長の鈴木康友氏(66)=立憲民主・国民民主推薦=と、元副知事の大村慎一氏(60)=自民推薦=は、いずれも推進の立場を表明している。
9日の第一声で、鈴木氏は「リニアは経済波及効果をもたらし、利便性が上がる」と強調。「水や生態系保全の問題と両立させ、課題を克服して物事を進めていく」と訴えた。
大村氏は「リニアの問題は責任を持って解決する。水と環境を守り、静岡県にとってのメリットを引き出す」として、「スピード感を持って1年以内に結果を出す」とアピールした。
一方、共産党県委員長の森大介氏(55)は「工事で大井川の水量が減り、命と暮らしが脅かされる」と述べ、着工に反対した。
21年の前回知事選では、4選を目指した川勝氏が自民推薦の新人に圧勝。投票を終えた有権者に社会調査研究センターと毎日新聞が調査した結果、静岡工区の着工に「反対」は39%、「賛成」は29%だった。
それから3年の間に、国土交通省の有識者会議で大井川の水問題と環境保全について対策が取りまとめられ、川勝氏自身も環境を巡る問題が「一区切りした」と述べている。県内の情勢も変わりつつあり、今回の選挙では「反リニア票」の行方も注目される。
茶畑が広がる牧之原台地でお茶を作っている男性(65)は、大井川から引いた農業用水を使っている。過去には度々、渇水が起きており、「工事で本当に影響がないのか。用水が使えなくなったら誰か補償してくれるのか。分からないことだらけだ」と案じる。
一方、リニアに賛成の人も少なくない。静岡市の会社員女性(30)は「リニアにはいろいろ問題があるのかもしれないけど、反対する静岡が悪者のように言われるのはつらい。前向きに進めてほしい」と話した。
知事選には他に、政治団体代表の横山正文氏(56)▽不動産管理業の村上猛氏(73)▽会社社長の浜中都己氏(62)――の3人が立候補している。【原田啓之、最上和喜】
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