4月上旬から中旬にスイス・ジュネーブで開催された世界最大級の高級腕時計見本市ウォッチズ&ワンダーズ(WW)には54ブランドが参加した。他のブランドの多くも近隣で展示会を開き、市内には注目の新作時計を一目見ようという人々が世界中から集まった。
普段は目にすることのできない超絶技巧の時計や、超高級時計を間近で見られるのは、この場所と、この期間ならでは。超ハイクラスな人々の世界を垣間見る貴重な機会でもある。こうした時計は車にたとえるならF1のレーシングカー。機能性やデザインを極限まで求めた時計は技術革新を促し、やがてその製法は広く売られる時計の製造にも生かされてきた。私たちにとっても全く無関係というわけではないのだ。きっと……。
究極のカレンダー時計を発表したのはIWCだった。ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー(価格要問い合わせ)は「永遠へのオマージュ」がテーマ。日付と曜日は西暦2400年まで1日たりともズレないよう対応し、月の満ち欠けを示すムーンフェーズ機能に至っては4500万年に1度の誤差にまで精度を高めたとのこと。部品には400年に1度しか回転しない歯車もあるという。
IWC
しかし、機械式時計は約5年ごと、長くとも7~8年に一度は機構のメンテナンス(オーバーホール)が必要といわれるので、その間は時計が止まり、部品もバラされる。オーバーホールを担当する時計技師も持ち主に戻す際、日付を合わせるのが大変ではないだろうかと思ったが、ブランド関係者は「複雑な機能を備えながらも、操作は難しくない構造なので大丈夫です」。ゆえに後年に続く技師への修理などにおける引き継ぎも問題ないという。
創業150周年のピアジェは宝飾ブランドとしての顔もあるが、他の時計メーカーにムーブメント(機構)を供給してきた一流時計メーカーとしても知られている。2018年には薄さ2ミリの時計を発表して世の中を驚かせたが、今年の新作アルティプラノ アルティメート コンセプト トゥールビヨン(15本限定、1億824万円)は重力などの影響を受けずに精度を保つ複雑機構トゥールビヨンを搭載してもなお2ミリの薄さに仕上げた。ネジではなく複数のベアリングで固定した部品もあり、針の厚みも0.12ミリ。広報担当者は「薄型の限界を超えた」と得意顔だ。
ピアジェ
一方、WW会場外のジュネーブ中心地にあるホテルで展示会を開いたブルガリは機械式腕時計史上最も薄い1.7ミリのオクト フィニッシモ ウルトラ COSC(20本限定、8428万2千円)を発表した。ブルガリも宝飾だけではなく、時計も超一流。同じタイミングで展示会を訪れたベテラン時計ジャーナリストは「ブルガリの時計は、その内容や完成度に比して評価が低すぎる」と話していた。
ブルガリ
この新作は間近でみると、本当に薄焼きせんべいほど……いやもっと薄いのではないか。少しでも取り扱いを誤ったり、ボトムスの後部ポケットに入れたままうっかり座ってしまったりしたら簡単に壊れてしまいそう。それでも広報担当者は涼しい顔で「どんなモデルでも日常的に使ってもらいたいというのがブルガリウォッチのコンセプト」と言うので、ボケをかまされた瞬間の吉本新喜劇の出演者のようにズッコケそうになった。
その直後に「こんな時計を日常づかいできる人なんて……」と口にした際、会場を訪れていたモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)CEOの三男で同グループの時計責任者フレデリック・アルノー氏の姿が視界に入ってハッとした。ブルガリはLVMH傘下なのである。
宝飾だけでなくドレス系ウォッチの最高峰ブランドでもあるカルティエは、針が逆に進むサントス デュモン リワインド(200本限定、583万4400円)を発表した。プラチナ製ケースで、手首に載せると見た目以上に重みと存在感がある。サントス デュモンは1904年に誕生した世界初の腕時計だとされる。飛行機を愛した冒険家アルベルト・サントス・デュモンが、友人だった当時のカルティエの当主に「操縦中に時計を見て、時間を確認するのは難しい」と相談したことから生まれたと伝えられる。20世紀初頭、持ち歩く時計といえば懐中時計だった。手首に巻き付けた初代は当時としては実験的で、ぶっとんだ発想だったに違いなく、サントス デュモンは革新の系譜を受け継ぐ時計だ。逆回転にも将来、人々は慣れるかもしれない?
カルティエ
1833年創業のジャガー・ルクルトといえばシンプルな角形で文字盤が反転するレベルソが代名詞だ。しかし、今回は円形の超複雑時計を発表した。うち一つがデュオメトル・ヘリオトゥールビヨン・パーペチュアル(価格要問い合わせ)。左側には回転するトゥールビヨン、上下には曜日の表示とムーンフェーズ、うるう年にも対応する年月日表記も備える。「デュオメトル」とは計時用と複雑機構それぞれの動力を別系統で供給する同社の特許構造で、精度を高く保つことができるのだという。
ジャガー・ルクルト
タグ・ホイヤーはスクエア型の人気時計「モナコ」の誕生55周年記念モデル、モナコ スプリットセコンド クロノグラフ(1672万円)を発表した。スプリットセコンドとは、レースなどの際にクロノグラフで時間を計測している中で、ラップタイムなども同時にチェックできる、いわば二重のストップウォッチ機能で、「ラトラパンテ」とも称される。チタン製ケースにサファイアクリスタル製の風防と背面で、かなりモードな顔つきだ。
タグ・ホイヤー
日本のグランドセイコーは、2年前に発表したブランド初の複雑機構を持つKodo・コンスタントフォース・トゥールビヨンの新作(20本限定、4950万円)を発表した。ゼンマイの巻き上げ量にかかわらず一定の精度を保つ構造とトゥールビヨンの併載など機能面での変更はないものの、「宵闇」をイメージして黒を基調とした前回とは打って変わって白基調の明るい色に。担当者によると「2年前のKodoが大変評判だったため、今回は薄明をキーワードに作った」と話した。Kodoという名称は「鼓動」を感じさせる音から。文字どおり「カッカッカッ」と時を刻む音がする。前回発表の2022年にはグランドセイコーがアジアのメーカーで初めてWWに参加し、Kodoが同年のジュネーブ時計グランプリで高精度の時計に贈られる「クロノメトリー賞」を受賞するというダブルの快挙を成し遂げた。日本の腕時計史とグランドセイコーの歴史に刻まれた出来事となっている。
グランドセイコー(編集委員・後藤洋平)
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