サッカー元日本代表主将で、18日にドイツ・フランクフルトのホームゲームを最後に引退した長谷部誠(40)が24日、都内で引退会見を行った。

18日のブンデスリーガ最終節でピッチに別れを告げた長谷部は、「1週間ぐらい経った今も正直まだあんまり実感はそんなに湧かない」と今の心境を吐露した。

3月下旬頃に引退を決意したという長谷部。「来季やろうと思えばやれた」と話すも、「自分で引退の時期を決められた」ことで「キャリアに全く後悔もしてなく、本当に大きな満足とともに終えられた」と笑顔だった。

長谷部は日本のメディアに“心を整えて”、22年間の現役生活を「3つのフェーズに分けて」振り返った。1つ目は、2002年からプロとしてのスタートを切った浦和レッズ。「幸運だったと思う。6年間の浦和でのキャリアは自分にとっては非常に大きかった」と話した。

2つ目は、2007年にアジア王者に輝いたのち、ドイツに渡りヴォルフスブルクでリーグタイトルを獲得、さらにフランクフルトでは10年に渡り活躍した。この10年を「非常に苦しんだ、しんどかった10年間だった」とクラブと日本代表の両立の難しさを感じたという。それでも「一番人としても成長できた時期だった」と話した。

3つ目は、代表を退き、2018年にはドイツカップで優勝、2022年にはヨーロッパリーグ制覇も成し遂げたフランクフルトでの日々。「ここが一番純粋にサッカーを楽しんでいた。サッカー選手として一番正当に皆さんに評価していただいた」と改めて振り返った。

今後は数か月間の休養を経て「フランクフルトで指導者の道へ進む」と長谷部。ドイツで“皇帝”とまで呼ばれるようになった男は、欧州の地でフットボーラーから指導者として新たな一歩を踏み出す。キャプテンシーの塊だった男の第2の人生にいつの日か、「日本代表監督・長谷部誠」が加わる未来を期待したい。

■長谷部誠(はせべ・まこと)
1984年1月18日、静岡県藤枝市出身。藤枝東高⇒浦和レッズ⇒ヴォルフスブルク(独)→ニュルンベルク(独)→フランクフルト(独)。2006年から2018年まで日本代表。主将としてW杯に3度出場(2010年・2014年・2018年)。主将として出場した代表での試合数は81試合で、日本代表歴代1位。国際Aマッチ 114試合 2得点。

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