陸上競技の日本選手権3日目(6月29日)。女子5000m2位(15分34秒64)の山本有真(24、積水化学)と、男子やり投3位のディーン元気(32、ミズノ)の代表入りが有力になった。

Road to Paris 2024(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人でカウントした世界陸連作成のリスト)で出場人数枠内に入った選手は、日本選手権3位以内に入れば7月上旬に代表に選考される。2人とも順位ポイントの高いアジア選手権(23年7月)の優勝者。他にもアジア大会やアジア室内選手権など、国際大会で世界ランキングのポイントを積み上げてきたことが功を奏した。ディーンは代表入りが決定すれば、12年のロンドン五輪以来12年ぶりの五輪出場となる。

国際大会の強さが代表入りの決め手


ディーンは3位(78m15)と敗れた原因を冷静に分析した。「(助走の最後に左脚を着いて)ブロックする前に、上体を被せに行ってしまいました。股関節が中(手前)に入るので、上半身だけが前に行って、重心に乗り込んで(反発をもらって生じる)起こし回転が得られません。ほぼ腕だけで投げてしまって、(野球の)バックホームのようなライナー性の投てきを続けてしまいました。今日はやり投をした気分じゃないです」

それでも78m台を投げられたことに「ポジティブな気持ちを持てる」と前を向いディーンはロンドン五輪当時、大学3年生。84m28の自己記録など84m台を2試合で投げる勢いがあった。その後は故障などで低迷した期間が続いたが、20年に復調して自己2番目の84m05を投げた。昨年は最も安定していたシーズンで、82m後半から83m台を4試合でマークした。

「ロンドン五輪の頃は勢いがありましたが、ケガをし始めて動きが崩れていくと、自分のやり投を見失ってしまいました。今は日々やっている基礎の部分は圧倒的に、若い頃より多いです。ズレがあればすぐに気づくことができます」

前述のように日本選手権でも、動きがどう崩れていたのか、動画などを見直さなくとも理解できた。12年間分の成長が、パリ五輪に向けても大きなプラス要素になる。「12年ぶりの出場をこういう形で決めたくはありませんでしたが、もう一度気を引き締め直せっていうことだと思います。ベストの投げができれば予選は通ることができる。決勝では自分の全部をぶつける気持ちの良い投げをしたい。後悔のないパフォーマンスができれば記録、順位もついてくると思うので、思い切りぶつけることが一番の目標です」

ベテランらしい部分を生かしつつ、ロンドン五輪当時のような思い切りの良さも発揮する。12年ぶりではなく、“12年分”の力をパリの空に放つ。

ケガに加えて貧血にも苦しめられた山本

女子5000mは田中希実(24、New Balance)が序盤でリードを奪うと独走で逃げ切った。山本は、樺沢和佳奈(25、三井住友海上)が引っ張る後続集団の後方で待機。残り600m付近から加世田梨花(25、ダイハツ)が前に出た動きに山本だけが対応し、残り1周でスパートして2位争いを制した。記録は15分34秒64とそれほどでもないが、選考基準的には3位以内に入ることが重要だった。

山本は「即内定じゃないのですが、ランキング(Road to Paris 2024)的には大丈夫かなと思うので、今はすごくホッとしています」と涙ぐんだ。昨年のアジア選手権優勝者で世界陸上とアジア大会も代表だった選手。五輪でも代表入りして不思議はないが、今季は「右のかかとのケガ(後脛骨筋炎)だったり、貧血だったり」で不調が続いた。

かかとの痛みには何度も見舞われていて、山本自身もチームスタッフも想定していた。走れない期間にやっておくべきことや、試合に向けての調子の上げ方などは、昨年国際大会に連続して出場したことでノウハウが蓄積されていた。

しかし「貧血までは考えていなかった」と、積水化学の野口英盛監督。「5月初めのゴールデンゲームズinのべおか(5000m16分04秒59)のあとに判明して、3週間くらい走れませんでした。体の内面を改善しないといけないので、うーんという感じでしたね。本人もそこが一番苦しかったと思う」

幸い、貧血は5月末には改善した。そしてもう1つ良かったのは、一緒に練習している田浦英理歌(24)や佐藤早也伽(30)が好調で、15分20~30秒台で走っていたこと。「その2人と練習をして、山本も同じくらいで走れる手応えを感じられたと思う」(野口監督)クイーンズ駅伝優勝2回のチーム力も、山本の代表入りを後押しした。

“運も実力”を体現している山本

大きなレースの優勝がなかったり、記録的にも23年以降は15分30秒を切れていなかったりしても、山本は国際大会の代表に入り続けている。「“運”の良い選手」という声も出ているし、野口監督もそういった部分があることは認めている。昨年6月の日本選手権5000mは8位でも、上位選手が別の種目に出場したり、辞退したりして山本が7月のアジア選手権代表入りすることができた。

しかし、その時点での世界ランキングのポイントを、2月のアジア室内(3000m3位)などで積み上げていたから、選考基準に則って代表入りできた。そして国際大会では有力選手や日本選手の欠場者が出たりしても、山本はしっかりと走ってポイントを獲得した。アジア室内選手権、日本選手権(国内選考規定)、アジア選手権、世界陸上ブダペスト、アジア大会と国際大会に連続して出場することができたのである。

山本はアジアの大会でも、スケジュール的にハードになっても、国際大会に積極的に出場してきた。他種目の代表選手たちと交流することに喜びを感じ、「またこの人たちと一緒に世界と戦いたい」という気持ちがモチベーションになっている。海外の試合で現地の人と積極的に交流できる性格も、山本が国際試合にストレスを感じない理由の1つである。

しかし昨年の世界陸上ブダペストは予選1組で20位、16分05秒57に終わった。「毎回ポイント練習の前にブダペストの動画を見返して、悔しさを思い出してから走ってきました。実際に(世界大会の)舞台で走れる日がまた来ると思うと、もっとやる気が出てきます」

山本は運の良い選手ではなく、目の前にある運をつかみ取る強さをもつ選手である。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

*写真は左からディーン元気選手、山本有真選手

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