全体練習が終わって1時間。午後8時ともなると、山あいにある関根学園のグラウンドで明かりがともっているのは室内練習場だけになる。小川翼(たすく)選手(3年)はそこで黙々とバットを振り続ける。
振るタイミングに気をつけながら。球種をイメージしながら。時には500回ほど振る。気がつけば午後9時を回っていることもある。チームメートの姿はない。
中学から野球を始めた。強いチームで試合に出たくて、関根学園に進んだ。だが、今春の県大会で4強に名を連ね、34年ぶりに上越地域からの甲子園出場を目指す強豪の選手層は厚い。今の部員は52人。練習試合での出場経験はあるが、公式戦での出番はなかった。
それでも努力は怠らない。1人でスイングに没頭する。「立場は分かっています。僕はレギュラーにはなれない。代打役しかない。試合に出たい。それだけです」。とつとつとした語り口からは本気度がうかがえるとともに、悲壮感もにじむ。
たった1人の居残り練習を終えると、自転車を50分こいで帰宅する。へとへとになっている息子。努力を知る両親は言ってくれる。「結果にはこだわらなくていい。楽しんでやりなさい」
彼の努力を知っているのはチームメートたちも同じだ。春の県大会で小川選手はボールパーソンを務めた。「主将を含む3年生たちが『翼をグラウンドに立たせてください』と申し入れてきたんです」と安川巧塁(よしたか)監督。監督自身も小川選手の日頃の姿には感じるものがあり、任せた。その背中は、チームにより強い向上心をもたらしてくれているとも感じる。
まもなく迎える新潟大会。登録メンバーの20人に小川選手は入れなかった。それでも安川監督はこんな言葉を贈る。
「1人だけの努力、ちゃんと見ていたぞ。翼のひたむきな姿勢はいつか、何らかの形で報われる日が必ずくる」
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