(13日、全国高校野球選手権兵庫大会2回戦 伊丹北―彩星工科)
神戸市長田区の市街地から車で15分の場所に野球部のグラウンドがある。
ノートに書き取ったメモを見ながら、選手一人一人にアドバイスする彩星工科の平田徹監督(41)の姿があった。かつては強豪校の横浜を率いた監督は、新天地で3年目を迎えた。
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2015年に横浜の監督に就任し、16年から3年連続で夏の甲子園に出場した。
19年春は選抜大会に。だが、「勝って当たり前というプレッシャーが苦しかった」「心に余裕がなかった」と振り返る。19年秋、部員に対する暴言が明らかになり、監督を解任された。
「絶望的な気持ちになった」という。その後、少しずつ前に進もうと、小中学生向けに野球を分かりやすく伝える動画を作成し、ユーチューブでの公開などを始めた。
そして21年12月、彩星工科と校名を変更する前の村野工から声をかけられた。
同校は春夏合わせて計3回、甲子園に出場している。1992年の春が最後だ。専用グラウンドには甲子園と同じ土が使われている。
現在の部員数は約90人で、監督を務めたころの横浜とほぼ同じ人数という。
22年春、顧問に就いた。その夏の大会後、監督に就任。理想には、監督の指示がなくても試合の中で選手が状況判断できるチームを掲げる。
「トップダウンの指導だけでなく、選手が主体的に考えて決めることを大切にしている。この方針は横浜時代と変わっていません」と話す。
また「3本の矢」と題して、①バッテリーを中心とした守備力②チームバッティングと走塁③打撃力、の優先順でチーム作りをしている。「まずは①と②をおろそかにしてはいけない。そのうえで全国で勝つレベルになるには③が必要になる」と語る。
選手への接し方も考え直した。「理解と納得」「丁寧で分かりやすい説明」を大切にしているという。
平田監督は「本当に神戸に来て良かった。やりがいを感じ、今が本当に幸せ」と話す。昨秋の県大会でチームは8強入りした。今夏に向けては「打撃のチームに完成させて、甲子園を目指します」と語った。(森直由)
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