「いけるよ、追いつける」。7月16日、第106回全国高校野球選手権熊本大会の2回戦、延長十回裏タイブレークの攻撃を迎えた熊本西のベンチには前向きな言葉が飛び交った。その表、相手に代打本塁打が飛び出し3点差がついたが、選手たちにあきらめの気持ちはなかった。
先頭打者の二塁打で走者をかえすと、2死後からも適時二塁打が出て、同点に。十一回も2点を先行されたが追いついてみせた。延長十二回表に3点を取られ力尽きたが、チーム一丸となり戦う姿を存分に示した。
ここに至るまでには苦難があった。「冬は崩壊状態でした」。主将の瀬井涼輔さん(3年)は振り返った。
高校野球 × ことば
うまくなりたい、強くなりたい。言葉の力で、その思いをかなえようと取り組む熊本の球児たちを追いかけました。
冬休みで生活のリズムを乱し、チームの決まりごとを守れない選手が散見された。野球をする以前に、日常の生活をきちんとしようと、意識統一をはかるためミーティングをした。
選手全員の気持ちはなかなかまとまらない。「こんなことに時間を割かずに練習した方が良いのでは」という意見も出て、収拾がつかなくなる場面もあった。
「対話」経て 春の県大会は勝ち上がる
それでも、粘り強く話し合った。瀬井さんと副主将で個々の選手と面談もした。どうすれば思いが伝わるのか。相手の性格を考えて、使う言葉やそのかけ方を工夫した。
瀬井さんたちが1年生だったときの冬よりも練習時間は減ったが「崩壊状態」からは脱し、迎えた春の県大会でチームは4強まで進んだ。
試合で勝ちを重ねるうちに、チームが一体になる手応えを感じた。勝利の喜びが、チームに明るさや自信をもたらして、グラウンドやベンチで選手が掛け合う声が増えたという。
そうして臨んだ夏の熊本大会の初戦で熊本西は、好投手と強打者を擁する私学の有力校、鎮西を4―0で破った。
背番号3の瀬井さんは、体調が優れず試合に参加できなかった。それでも、試合中、熊本西のスタンドからは瀬井さんが打席に立つ際の応援歌が流れた。
「最後には熊本西として一つになり、チームの力すべてを出し切ることができた」。試合を終えた選手たちからは、そうした声が聞かれた。
立命館大スポーツ健康科学科の笹塲育子准教授(スポーツ心理学)の話
笹塲育子・立命館大スポーツ健康科学科准教授 専門はスポーツ心理学で、トップ運動選手らの心理状態やメンタルトレーニングについての研究、論文を多く手掛けている。著書に「科学としてのメンタルトレーニング」、論文に「試合における実力不発揮状態の改善に及ぼす声がけの影響」などがある。
スポーツでもビジネスでも、成果を出す組織になるためには段階があるといわれている。
同じ目標のもとに集いはしたが、互いの考えの違いさえ不明な「お客さん」の時期。次に、課題解決をしようと話し合うが、各自の価値観や考え方の違いに「嵐」が起きる混乱期がくる。表面上は仲良しでも「機能しない」チームは、この混乱期を越えていかない。皆、傷つきたくないので本音を言わないのだが、それでは成果を出すチームにはなれない。
嵐を越えてようやく統一期が始まるとされる。価値観の違いを乗り越えた統一期には、異なる意見、価値観がテーブル上に並んだ状態から、チームを一つの方向に導く必要がある。ここで「自分たちはこの部分は大切にする」「ここは絶対に守る」といった行動規範、規律が必要になる。
熊本西の主将が、混乱期を越えようと行動規範を作り、一人一人と面談したのはチームビルディングとして正しい過程だったと思う。そこに役割分担が加われば、よりチームが機能するようになるのではないかと考える。
1学年に何十人もいるような大所帯のチームでは、試合に出る人には明確な役割があるのに、他のメンバーにはないことがある。野球でいえば、ベンチに入らない多数派の部員たちのモチベーションがどれだけ高いかでチーム全体が変わる。「甲子園出場を目指すことは自分には関係ない」「私たちは、いなくても一緒」となると、その多数派にチーム全体の意識が傾く。
「あなたはチームにとって大切なんだ」「私はチーム内で承認されているんだ」というところがなければチームに一体感が生まれない。
部員一人一人にチームでの存在意義が感じられる役割が与えられることが重要になる。=おわり(吉田啓)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。