全日本実業団陸上が9月21~23日の3日間、山口市の維新百年記念公園陸上競技場で開催され、パリ五輪代表選手たちも多数出場する。2日目の男子10000m競歩には20km競歩7位の池田向希(26、旭化成)、同8位の古賀友太(25、大塚製薬)らパリ五輪代表4選手がエントリーした。代表たちに挑むのが19年ドーハ、22年オレゴンと世界陸上連続金メダルの山西利和(28、愛知製鋼)だ。今年2月の日本選手権20km競歩では自身初の失格となり、五輪2大会連続代表入りを逃していた。しかし5月のラコルーニャ(スペイン)での20km競歩では、2カ月半後のパリ五輪メダリスト3選手に勝利した。日本代表たちとの対決でどんな復活ぶりをアピールするか、注目される。
代表漏れから3カ月。ラコルーニャの勝利
ラコルーニャは山西の強さを再確認したレースだった。昨年のブダペスト世界陸上金メダリストのA.マルティン(30、スペイン)、同大会銅メダルのC.ボンフィム
(33、ブラジル)、同大会7位のD.ピンタド(29、エクアドル)ら、世界のトップ選手たちを相手に勝ちきった。
「15kmまでは集団の後ろで歩かせてもらいました。前半は正直しんどくて今日は苦しいかな、と思っていましたが、15、16、17kmとペースが上がっていくにつれてなぜか余裕度が生じてきて。18kmで勝つために動こうと先頭に立ちました。マルティンと2人になり、19kmでは前に出られたりもしましたが、最後の折り返しを過ぎて、残り数百メートルで引き離すことができました」
山西の優勝記録は1時間17分47秒で、自己記録の1時間17分15秒(日本歴代3位、世界歴代6位)に32秒と迫る好記録だった。2秒差でマルティン、マルティンから3秒差でボンフィム、ボンフィムから2秒差でピンタドと続き、池田もピンタドから5秒差の5位に入った。
山西は前述のように世界陸上で2回優勝している。19年ドーハ大会は中盤から独歩に持ち込んだが、22年オレゴン大会が終盤の競り合いを制しての金メダルだった。ラコルーニャも同じように終盤で競り勝ったが、オレゴンとはまったく勝ち方が違ったという。
「オレゴンは勝つために(歩型なども含め)どう展開していくかを考えて、勝つことができました。ラコルーニャは歩型の課題を国際レースで確認することが一番の目的でした。その中でなるべく良い順位を取りたいと思っていましたが、プレッシャーはほとんどありません。精神的なもって行き方が全然違いました」
2か月半後のパリ五輪ではピンタドが金、ボンフィムが銀、マルティンが銅と、山西
がラコルーニャで勝った3選手が表彰台を占めた。
「光栄なことではありますが、僕にとっては慰めにしかなりません」
勝負に対する厳しい姿勢も山西の特徴だが、その部分も健在だった。
厚底シューズへの対応過程で歩型が崩れていた日本選手権
今年2月の日本選手権の失格は、競歩でも世界的な潮流になりつつあった厚底シューズの影響もあった。
22年のオレゴン世界陸上は日本勢が1、2、8位を占めたことからもわかるように、従来の薄底シューズ使用選手が上位を占めた。それが23年のブダペスト世界陸上では大きく変わり、厚底シューズの選手が上位を占めた。
山西もブダペスト後に厚底シューズへの対応を試みたが、2月の日本選手権までに適応した歩きに変えられないと判断し、薄底シューズに戻していた。しかし厚底シューズに対応した歩きを試した過程で、歩型が崩れてしまっていた。警告を取られない歩型にこだわってきた山西が、人生初の失格(警告4枚)を喫してしまった。
愛知製鋼入社後は競歩で給料を受け取るプロに近い選手として、代表入りできなかったら引退する覚悟で競技を続けてきた。しかし山西はほどなく競技続行を決意する。
「(代表入りを自身に課すなど)プライドをもってやってきましたし、僕にとってはショッキングな失格でしたが、失格をしても立ち直って競技を続けている選手はたくさんいます。一度の失格で心が折れてしまうのはダサいと思いました」
足首を固めることで厚底シューズに対応
4月に国内の小さな競技会で復帰した山西は、5月にはポーランド・ワルシャワ(5日)、スペイン・ラコルーニャ(18日)と20km競歩を2連戦した。自身初の試だったがワルシャワは1時間19分37秒で3位、ラコルーニャは前述のように1時間17分47秒で優勝した。足元は厚底シューズだった。
「日本選手権は時間に追われて厚底は断念しましたが、(代表入りを逃して)時間を気にせずチャレンジできると思って取り組みました。5月の遠征前はまだ、あーでもない、こーでもないと、探り探りの状況ではありましたが」
試行錯誤した結果、足首の固定の仕方がカギになるとわかってきた。
「以前の薄底シューズは踵側の衝撃吸収がしっかりしていて、踵にスイートスポットがある感じでした。厚底はカーボンがたわむところにスイートスポットがある。以前は真下のかかと接地する意識での歩きでしたが、厚底はもう少し前側に乗せて接地します。その2つでは足首の固め方が違います」
ワルシャワではまだ踵側に意識を置いて歩いたが、警告を取られてしまった。ラコルーニャでは警告はゼロだった。完璧になったとはまだ思っていないが、5月の2連戦で厚底シューズ対応の目処が立った。
ハイペースの争いを制すれば日本記録更新も?
全日本実業団陸上は「もちろん優勝を目指して頑張る」が、一番の目的は「秋のレース全体で、夏にやってきたことを確認し、来年2月の日本選手権に向けての課題を見つける」ことにある。秋は全日本実業団陸上の10000m競歩、10月上旬の10km競歩(スペイン)、10月27日の全日本競歩高畠の20km競歩を予定している。
「カーボン入りのシューズを履いたときの歩型は審判に、ロスオブコンタクトに見えやすくなるんです。そこを上手く扱うことが一番の課題です」
国内のトップ選手が集まるレースは国際大会と違い、スローペースになることはほとんどない。スパート力が勝敗を分けることもあるが、基本的にはレース時の各選手の力そのものがぶつかり合う。
池田はパリ五輪こそ7位と良くなかったが、21年東京五輪、22年オレゴン世界陸上と連続銀メダルの選手。2月の日本選手権では1時間16分51秒の日本歴代2位、世界歴代3位で快勝し、山西不在のパリ五輪ではリーダー的な役割も務めた。パリ五輪は18位と振るわなかったが、濱西諒(24、サンベルクス)は5月に5000m競歩の日本記録(18分16秒97)をマークしている。
国際レースでの実績は山西が勝るが、国内レースでスピードを争う展開なら他の選手たちにも勝機はある。全日本実業団陸上もスローな展開になることは考えにくく、「37分台も出したいと思っています」と山西。暑さが残る時期なので決めつけることはできないが、これだけのメンバーがしのぎを削れば37分25秒21の日本記録更新も可能性はある。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真はオレゴン世界陸上の山西選手
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