阿部監督は背番号と同じ「10回」胴上げ
◆巨人4年ぶり優勝への軌跡
【勝因は“守り勝つ野球”】
【阿部監督は指導スタイルが「変化」】
巨人の大勢投手が広島の末包昇大選手をセカンドゴロに打ち取ると、ベンチから一斉に選手たちが飛び出してマウンド付近に歓喜の輪ができました。阿部慎之助監督はコーチ一人ひとりと抱き合いながらゆっくりとマウンド付近に歩み寄り、涙を流しながら選手たちに胴上げされ現役時代の背番号と同じ「10」回、宙に舞いました。
阿部監督は試合直後の優勝インタビューでまず「最高です」と現役時代のヒーローインタビューでおなじみだったやり取りで喜びを表現しました。就任1年目で優勝を決めた要因については「全員同じ方向を向いてキャンプから始まったこと、誰ひとりそっぽを向かなかったことだと思います」と話し、選手やスタッフをたたえました。そして原辰徳前監督から監督を受け継いだことについて質問されると「もちろんプレッシャーもありました」と話すとことばを詰まらせながら涙を拭い「指導者に導いて頂いて良かったなと思います。感謝しています」と感極まった様子で話しました。そのうえで「きょう1日だけは余韻に浸って、まだまだ先があるのでそれを見据えてしっかりやっていきたいと思います」と意気込んでいました。阿部監督はインタビューが終わると、スタンドからの「慎之助」コールに何度も手を振って応えていました。
長嶋茂雄終身名誉監督は「シーズンを通して投手陣が踏ん張り、打つべき人が打つ、バランスの取れたチームに成長していったと思います。ことしこそ優勝というプレッシャーの中で、辛抱強く采配した阿部監督、期待に応えた選手たちの奮闘は見事でした。この勢いでクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本一になってくれることを願っています」とコメントしています。
巨人の4年ぶりのリーグ優勝について最終盤まで優勝争いをした阪神の岡田彰布監督は「やっぱり菅野やろ、結局は。あれだけ貯金を作ったことが大きいよ。一番の違いは菅野の勝ち星と貯金やんか。そこに尽きるよ」と話し、ここまで15勝3敗と大きく勝ち越している菅野智之投手の活躍が優勝の大きな要因だったと振り返りました。
阿部監督の初陣となった開幕戦は6年目で初めて開幕投手を務めた戸郷翔征投手が昨シーズン日本一の阪神を相手に好投し、4対0で勝って好スタートを切りました。前半戦は、去年4勝に終わりながら復活を果たした菅野智之投手が6月2日まで負けなしの5連勝を挙げるなど投手陣を引っ張ったほか、抑えの大勢投手が5月に右肩のけがで戦列を離れる誤算がありましたが中継ぎとして結果を残していたバルドナード投手がその穴を埋める活躍をみせ、リリーフ陣を支えました。打線では、経験豊富な丸佳浩選手が4月下旬から1番に定着して打線をけん引し、交流戦から新たに加わったヘルナンデス選手も勝負強いバッティングをみせ、7月には今シーズン最多の7連勝と勢いに乗りました。巨人は前半戦、安定感のある投手陣を中心に阿部監督が掲げた「守り勝つ野球」で5チームすべてに勝ち越し、指揮官にとっても「想定外」だったという首位でシーズンを折り返しました。後半戦は、首位・巨人から4位・阪神までが3.5ゲーム差に入る大混戦でスタートしました。8月は好調の広島が首位に立つ中中軸を任されていたヘルナンデス選手が左手首を骨折し、離脱するアクシデントがあったものの、阿部監督が将来を見据えて抜てきした2年目の19歳、浅野翔吾選手が思い切りのいいバッティングで活躍しぴったりと広島のあとを追いました。勝負と位置づけた9月は首位の広島が調子を落として連敗する一方、巨人は勝負どころで投手陣が期待に応えたほか、開幕から4番に座り続ける岡本和真選手の活躍もあり9月5日に首位に立ちました。そして2位の広島と1ゲーム差で迎えた9月10日からの直接対決3連戦では先発ローテーションを再編して菅野投手、グリフィン投手、戸郷投手の主力3人をぶつけて3連勝し、一気にその差を4ゲームに広げて優勝へ前進しました。しかし、このあと猛烈な追い上げを見せたのがリーグ連覇への執念を燃やした阪神でした。昨シーズンの王者は9月に入り粘り強い戦いで2回の5連勝をマークするなどじりじりと追い上げ、2ゲーム差で迎えた9月22日からの今シーズン最後の直接対決2連戦が、事実上の天王山となりました。巨人は1戦目に完封負けし、次の試合も敗れればゲーム差なしに迫られる苦しい状況でしたが大一番となった2戦目では、不調だった坂本勇人選手を勝負どころの代打で起用する阿部監督の采配がはまって1対0の接戦を制し、ゲーム差を再び「2」に広げました。これで有利となった巨人は、その後も順調に勝ちを重ねてマジックナンバーを減らし、就任1年目の阿部監督の下、4年ぶりのリーグ優勝を果たしました。
長い巨人の歴史の中で初めてキャッチャー出身としてチームを率いた阿部慎之助監督。現役時代は強打のキャッチャーとして巨人の4番を務め、チームの生え抜きとしては川上哲治さん長嶋茂雄さん王貞治さん柴田勲さんというそうそうたる顔ぶれに続き5人目の通算2000本安打を達成しています。406本のホームランを打った現役時代の豪快なバッティングのイメージが強い中、指揮官としてどのようなチーム作りを進めて行くのか注目されましたが打ち出した方針はキャッチャーとしての視点が色濃く反映されたものとなりました。掲げたのが「守り勝つ野球」。「扇の要」として長年プレーし、何度も優勝を経験してきたからこそ外せないポイントだと考えました。ピッチャーを中心に守り勝つスタイルを築き上げ競り合いにも強くなったことが大混戦となったペナントレースを制する大きな要因になりました。この「守り勝つ野球」をひもとくと阿部監督が特に重視した2つのポイントが見えてきます。
まず1つ目が投手陣の整備です。原辰徳前監督のもとでヘッドコーチとして臨んだ昨シーズンはチームの打率、ホームラン数はリーグトップだったもののチーム防御率は5位。終盤にリリーフが崩れることも多く、投打がかみ合わないまま優勝争いに食い込めず2年連続となるリーグ4位に沈みクライマックスシリーズ進出を逃しました。このため、阿部監督はチームを率いるにあたって、ホームラン頼みではなくピッチャーを中心に守りの野球を軸にする戦い方で優勝を目指しました。新監督の掲げる方針の下、球団は去年のシーズンオフからいきなり動き出しました。去年11月にトレードでソフトバンクから高橋礼投手と泉圭輔投手の2人を獲得したのを皮切りに阪神を自由契約となっていたケラー投手など5人のピッチャーを獲得し、課題だった投手陣、特にリリーフの積極的な補強を進めました。シーズンに入ると主にリードしている終盤を任される、いわゆる「勝ちパターン」のピッチャーについては勝負どころを迎える9月までは原則3連投はさせず、時にはベンチから外す「上がり」の日を作るといったコンディション調整にも細心の注意を払いました。
阿部監督がこだわった2つめのポイントはフォアボールの数でした。昨シーズン、与えたフォアボールは401個とリーグワースト2位。最も少なかった阪神と比べて86個も多かったことから阿部監督はフォアボールを1割減らすことを目標に掲げました。そして、キャンプから常々「困ったらど真ん中に思い切り投げて、それで打たれてもいい」と声をかけました。厳しいコースをねらい縮こまってフォアボールを出すぐらいなら、腕を振って力のあるボールを投げてほしいという思いを伝え続け投手陣全体に意識改革を求めました。登板したピッチャーがフォアボールで崩れた試合では「ホームラン打たれてこいと伝えたんだけど」と話したこともありその方針にぶれはありませんでした。こうした意識改革もあり、今シーズン、与えたフォアボールの数は140試合を終えて350個と、去年の同じ時点の398個と比べて目標としていた「1割減」を上回って50個近く減りチーム失点数は373でリーグ最少、チーム防御率も1位阪神とわずか0.01差の2.48で2位と大きく改善されました。そこにエラー数がリーグ最少「56」の堅い守備と相まって1点差での勝敗は25勝20敗と勝率5割だった昨シーズンに比べて接戦で勝ちきる力がつきました。阿部監督が掲げた「守り勝つ野球」を見事に選手たちがシーズンを通して体現して4年ぶりにセ・リーグの頂点に立ちました。
プロ野球で最も歴史のある巨人で第20代の監督を務める阿部監督。歴代、就任1年目で優勝を果たしたのは2リーグ制となってからは1961年の川上哲治さん、1981年の藤田元司さん、そして2002年の原辰徳前監督のしかいません。偉大なOBに肩を並べる結果を残した阿部監督ですが、指導者としての第一歩は、2019年に現役を引退したあと就任した2軍監督でした。就任にあたっては、現役時代の功績だけでなく入団したばかりの若き日の坂本勇人選手をシーズンオフの自主トレーニングに誘い一本立ちさせた実績など後輩への指導力や面倒見の良さも評価されました。チームの底上げと若手の育成を託されたなか、2軍監督就任直後の秋季練習では選手一人ひとりに熱心に指導をしただけでなく、ボール拾いや防球ネットの片付けといった裏方の仕事も率先して行うなどみずからの行動でリーダーシップを示しました。一方で、若手を心身ともに徹底的に鍛え上げる指導は、物議を醸すこともありました。大学生との交流戦で敗れた時には試合後に選手たちを外野で走らせたり、ふがいないプレーをすれば試合中に球場の周りをひたすら走らせたりと「罰走」を命じることもたびたびありました。報道陣から取材を受けているときにも、覇気がないと映った選手については厳しい口調でダメ出しをすることもありそのスタイルが「パワハラ指導だ」「時代に合わない」と外部から批判を受けることもありました。2軍監督として2年、おととしからは1軍のコーチを務め、将来の監督候補としてキャリアを重ねていきましたが、その中で阿部監督はこうした厳しさを全面に出したスタイルを時代に合わせて柔軟に変化させていきました。大きな影響を受けたのが去年はヘッドコーチとして支え、ベンチでその姿を見続けてきた原辰徳前監督でした。「笑顔で選手に怒れるようになったら一人前」「1試合1試合が修行だ」。厳しさの中にもユーモアや前向きな姿勢をにじませながらチームを率いてきた前監督からの数々の助言を受けて指導者としての礎を築いていきました。間近で見てきた“恩師”の教えに感銘を受けたことから阿部監督はみずから懇願して原前監督がつけていた背番号「83」を背負い、監督としてのスタートを切りました。阿部監督の指導スタイルの「変化」が象徴的に現れたのが1軍の監督として初めて迎えたことしの春のキャンプでした。みずから「笑うアベには福来たる」というスローガンを作り「監督の俺がぶすっとしているより笑顔の方が選手にとってもファンにとってもいい。選手たちもつらいときほど笑顔でやってほしい」とそのねらいを説明し雰囲気作りにも工夫を凝らしました。シーズン中も、ベンチで戦況を見守る際はポーカーフェースでいることが多く采配が的中してもミスが生まれても結果に対して一喜一憂せず、どんと構える姿が目立った一方、投手交代の際にはみずからマウンドに足を運んで声をかけ時に叱咤激励、時に笑顔を見せるといった場面も見受けられました。こうした姿の意図について阿部監督の現役から2軍監督時代も知るチーム関係者は「阿部監督は周りが思っている以上に我慢していると思う。思い切ってプレーしてほしいというのがみんなに伝わっているから勝っていても負けが続いても顔色をうかがわず、雰囲気がいい」と話していました。常勝軍団の中心選手として勝ちにこだわってきたからこそ勝負への厳しさを忘れず、それでいて萎縮させることのないよう雰囲気作りを進めながら選手たちの背中を押して指揮を執った1年目。阿部監督の変化が2年連続4位だったチームを変えて4年ぶりの優勝をたぐり寄せました。去年の就任会見では、その年に優勝した阪神のスローガンの「ARE」を引き合いに出して「来年は『ARE』ではなく『ABE』で盛り上がりたいと思う」とユーモアを交えて述べましたが、その所信表明をまさに有言実行した就任1年目のリーグ制覇となりました。
巨人の優勝を受けて、プロ野球の※榊原定征コミッショナーは「リーグ史にも残る激闘を制し、4年ぶり39度目のリーグ優勝に輝いた巨人ならびにファンの皆様に心よりお祝いを申し上げます。球団創設90周年を迎えた大事なシーズンを託された阿部監督は、ベテランと若い力を上手にまとめ上げ、特に大接戦となった終盤では、チーム力を結集した素晴らしい戦いぶりであったと思います。ポストシーズンでの更なるご奮闘を期待しております」とコメントしました。
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