大谷翔平擁するドジャースがワールドシリーズを制覇した。その熱気と感動はアメリカだけでなく、日本をも巻き込んだ。そんなタイミングで、この本場アメリカの野球に触れる機会があった。

私は入社5年目、普段は毎週日曜日に放送しているドラゴンズ応援番組「サンデードラゴンズ」のディレクターをしている。取材はバンテリンドームがメインで、遠くに行ったとしてもビジター球場のマツダスタジアム。それが今回、初めてアメリカロケに行くことになった。それも1人で。

CBCテレビスポーツ部 上原大輝

「私って税関通りましたっけ…?」

10月上旬 羽田空港を出発し、ひとまず到着したのがダニエル・K・イノウエ国際空港。「誰…?」と思ったが、ハワイ・ホノルルにある空港だった。

私はここで乗り継ぎをしてアリゾナ州へ向かう。乗り継ぎは人生初体験だった。

「乗り継ぎは“transit”もしくは“transfer”と書いてある方に行けばいい」と海外経験豊富な先輩達から教わっていたが、これがどこにも見当たらない。いや、書いてあったのかもしれないが、どうやら見落としたようだ。

とりあえず入国審査と荷物のピックアップは無事に済ませ、その後は人の流れに身を任せながら歩みを進めると、気が付いたら外に出ていた。「私って税関通りましたっけ?」スマホの翻訳機能と、日曜夜の番組でおなじみのお笑いタレントさん並みの“ジェスチャーを駆使した二刀流”で、近くにいた“空港職員っぽい方”に尋ねた。見た目は完全に外国の方だ。

「大丈夫だよ、ターミナル1へ行きなさい」

返ってきたのはまさかの日本語だった。

「最高気温42℃、道路にサボテン、そこにいたのはレジェンド」

こうしてたどり着いたアリゾナ州のフェニックス・スカイハーバー国際空港。取材初日、最高気温は42℃、道路の脇にはサボテン。しかし、湿度は一桁と聞いた。日本ほど厳しい暑さとは感じなかったが、唇が乾いて仕方がない。リップクリームを持ってくればよかったと後悔した。

トヨタ自動車時代の佐竹功年さん(41)

そんな佐竹さんはとにかく優しかった。私が小さなカメラを片手に、一人でアメリカに来たことに驚きを隠せない様子で、アメリカ滞在期間中は昼食の手配から取材先の送迎までしてくれた。取材する側がここまでお世話になるのは申し訳ない。その気持ちを本人に打ち明けると「甘えてください」と言ってくれた。

私と佐竹さんの歳の差は14。親子とまではいかないが、これだけ歳が離れた取材対象者は初めて。アリゾナの乾いた空の下で、父親に似た親しみを覚えた。

入国審査で不安になったと話す佐竹さん

ちなみに送迎中の車内で、アメリカで不安になった事はありましたか?と尋ねると、「入国審査の時にホテル名をうまく伝える事が出来ず“Get back”と言われて最後尾から並び直したよ」とのこと。社会人野球のレジェンドもひとりの日本人なんだ。取材をしてきて初めて親近感がわいた瞬間だった。

「なぜか飛び交う日本語、短いアップ」

取材を始めたとき、アメリカの選手たちが私の顔を見かけると「元気ですか?」「お腹すいた」と日本語で話しかけてきた。私も英語で「Very hungry?」と返しておいた。

佐竹さん(左)に挨拶する選手たち

練習が始まると日本では見ない光景を目の当たりにする。まずアップが短い。全員で足並みをそろえて走ったりすることもない。

自身もしっかりとアップをする選手だった佐竹さんでさえ「日本人はアップが長すぎるんじゃないか」と話した。

アップする選手たち

選手たちの目の前を「犬」が駆け抜ける

すると突如として、犬がグラウンドを駆け抜け、選手の横を通り抜けていった。

ここは球場に隣接するサブグラウンドかつ公園のような場所ではあるが、練習中のメジャーリーガーの卵たちの横を犬が駆け抜けていくとは思わなかった。

選手の子どもとキャッチボールする佐竹さん

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