今年10月に51歳を迎えた野球界のレジェンド・イチローに独占密着した。知られざるアメリカ・シアトルでの愛犬との日常や2020年の智弁和歌山高校から始まった高校球児への特別指導、高校野球女子選抜チームとのエキシビションマッチなどの舞台裏から見えてきたのは、今なおひたむきに野球と向きあいつづける「探究者」の姿だった。
「やっぱりやらずの後悔が嫌い」
野球選手・鈴木一朗は、二十歳のとき「イチロー」になった。
イチロー:名前書くの?恒例のことなの?情熱大陸の中では?そうですか。
「どうぞ撮ってください」とばかりに応じてくれたのは、番組で使う直筆の署名だ。
イチロー:なんか違うんだよな....“チ”の縦がなんかいやだな。
一筆お願いしたつもりが、候補は20を超えていた。
イチロー:どれか使えそう?(悩みぬいて)もう1枚書いていい?(笑)
2024年8月、アメリカ・シアトルにある自宅を訪ねた。イチローは、人と自然が一体となった街で暮らしている。引退して5年が経ったが、今も過酷なトレーニングから一日が始まる。
イチロー:おはようございます。
記者:日課ですか?
イチロー:そうだね。これなしの生活は考えられない。歯を磨いて顔を洗って、ユンケル飲んで、マシン。そういう感じだね。流れは。
自宅リビングには大型トレーニング機器が11台並び、朝食前に必ず汗を流す。暖炉を設えたリビングに、家具はなく、いわゆる「筋トレ」とは様子が違う。
イチロー:これが本物のマシン。どれもそうだけど、このマシン使わないとできないような動きがあるよね。
関節を刺激し、血流を高め、「しなやかな動き」を磨くのだという。
イチロー:きつっ。
野球選手であり続けたい。加齢による衰えも加味して、メニューは現役時代よりハードだ。
イチロー:やっぱ、限界点がどこにあるかを探してるところあるよね。今は常に何やってても。人間っていずれできなくなるんで、無理できるときにしか無理できないんですよ。だからできるだけ無理したいなってずっと思ってる。やって後悔するのはね、もう仕方がないと。やっぱりやらずの後悔が嫌いなんでね。
朝と昼は “カレー”ではなく“トーストとスープ”
午後1時、自らハンドルを握って出勤する。食事は、家を出る前に軽く済ませておくという。
イチロー:ここは、バットボーイ、ボールボーイの子たち、彼らの場所なんですよ。上に用意してくれてるんだけど、僕その空気があんまり得意じゃなくて、コーチとかスタッフのロッカーの中にいると、なんかそっちに寄っていきそうで怖いのもあって。ここすごく良い場所なんですよ。
記者:居心地良さそう。
イチロー:めちゃくちゃいいです。
グローブやオイル、スパイクの匂い。少年時代から慣れ親しんだ空気を吸いこんで、外へ向かった。いつも一番乗りだ。
イチロー:これは運動量としては一番多いかな。1時間、長いとやってるから。どれぐらい(球が)飛んでくるかによるけどね。面白いよ。いいトレーニングになる。これはね、やっぱりグラウンドに立たせてもらってることが大きいよね。それはマリナーズに本当に感謝してる。この場所がなかったら僕だってそう続けられないもん。
そう語るイチローが、フィールドを独り占めできる時間。やがて現役選手がバッティング練習を始めると、球拾いを始めた。イチローが志願してやっていることだ。フィールドでの姿は、現役そのもの。もしも今、メジャー選手としてオファーが来たら、断らないと決めている。
メジャーのスーパースターも教えを請う
イチローは2001年にマリナーズでメジャーリーグデビューを果たした。当初、現地には活躍を疑問視する声もあったが、芸術とも言えるスーパープレーに、前人未到の記録の数々。加えて、礼節を欠かさない振る舞いが、アメリカに、日本野球への驚きと尊敬をもたらした。
インストラクターとして、イチローが目をかけている選手がいる。コーチではないので、細かな技術の指導はしない。その代わり、練習では毎回、キャッチボールに付き合っていた。
メジャーリーグのスーパースター、フリオ・ロドリゲス(23)は、子どもの頃、イチローのバッティングを真似て遊んでいたという。イチローは、野球の基本を見せて、選手に自ら考えることを促している。
イチロー:(8回に智弁和歌山が同点に追いつく)おぉ・・・!(ガッツポーズして)やったよ!そんなことある!?うお~~~
熱戦が終わったのは、シアトルの深夜0時を過ぎころ。イチローは智弁和歌山高校のファンだ。きっかけは、応援団の熱量に惹かれたこと。やがて人づてに関係者と知り合い、現役を引退後の2020年に選手の指導も行った。これがきっかけで、野球指導は他の高校にも広がっている。
2020年に高校球児に初めて指導をして以来、訪問した学校は5年間で10校にのぼる。指導を受けた生徒たちからもらった感謝の手紙は、封筒すらも大切にとってある。
イチロー:(開封は)ハサミで必ずこうやって切るんです。だから無造作に切ってあるものは一つもないはずです。僕はずっと持っておきたいし、きれいというか丁寧に。別に大人を雑にってわけじゃないんだけど、子供はやっぱり、より(丁寧に)ね。
「できないって言いたくない」
この秋、イチローには、選手として出場する予定の試合があった。日本の高校野球女子選抜と彼が率いる草野球チーム「KOBE CHIBEN」との対戦だ。
マリナーズが遠征中だったある日、コンサートの準備が進むフィールドで、イチローは自分のための練習に励んでいた。
イチロー:笑わないで(笑)これはなかなか斬新でしょ。
過去に一度、ブルペンでキャッチャーを頼まれたことがある。またあるかもしれないと、備えを万全にすべく、自分のミットも用意した。
イチロー:おお。キャッチャー大変だよね。これで動くんだもんね。いや大変だと思う。(キャッチャーゴロを処理する動作)これでこうやって、あはは(笑)これでベースカバーこうやっていくんだもん、すごい、キャッチャー尊敬するわ。
大変とは言いつつも、どこか楽しそうだ。
記者:しかしそんな滅多におこらないことのために練習・・・
イチロー:あるからね。だからその時できないって言いたくないでしょ。それは絶対に嫌だ。
野球を極める道に、終わりはない。
レジェンドにとって特別な場所
湖に面した自宅には桟橋があり、その先に立つと、感覚が研ぎ澄まされていくというイチロー。
イチロー:さあ、イーグルさんいるかな~。うわ~今いないな~。ここね、イーグルもそうなんだけど、ビーバーの巣になってたり、アライグマ来たり、いろんな動物が集まってくるんですよ。ちょっとなんか、軽いパワースポットっぽい雰囲気が好きで。これ癒されます。ここは特別な場所です、僕にとっては。
イチローは鷲の姿を探した。その横顔が、フィールドに立つ時にも似た乾いた風を受けていた。
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