伝説の本塁打と、都市伝説となったホームラン。埼玉県営大宮公園野球場は「特大アーチ」に彩られた球場だ。
伝説の本塁打は1953(昭和28)年8月1日、高校野球の南関東大会1回戦で生まれた。
後に「ミスタープロ野球」となる千葉の佐倉一(現佐倉)の長嶋茂雄(88)が放った一発だ。
相手は地元・埼玉の期待を背負った熊谷。その2年前に夏の甲子園大会で準優勝していた。六回、熊谷の2年生エース福島郁夫(87)が投げ込んだ内角高めの真っすぐを、長嶋はバットをかぶせるように打ち返した。
福島が「センターライナーだな」と思った打球は低い弾道のまま、バックスクリーン下に突き刺さった。
「え、あれが入っちゃうの、とあぜんとしたね」と福島。長嶋が負け試合で放った一発は、高校時代の公式戦唯一の本塁打だった。
それを朝日新聞が「高校級としては珍しい三五〇フィートの本塁打をたたき込み」と取り上げた。
これをきっかけに、無名の高校生だった長嶋は、立大へ進んでプロ野球・巨人に入団。「戦後最大のスーパースター」へと駆け上がる。
長嶋が後に「1本で人生が変わった」と振り返り、福島も「存在がこんなに大きくなるとは」と驚く一発を生んだ球場は、34(昭和9)年に全国初の県営球場として完成した。
同年秋には日米野球が開かれ、大リーグのベーブ・ルースらがプレー。その後は主にアマチュア野球の舞台として親しまれた。
県高野連元理事長の田中信(75)は「グラウンドの状態がすばらしく、外野の芝はゴルフ場のグリーンのようだった」と懐かしむ。
ただ、両翼90メートル、中堅105メートルは時代とともに狭くなった。詰まった飛球が本塁打になることもしばしば。田中は「大宮では外野フライを打てば勝てるというチームが増えてね。これじゃあ甲子園では勝てないと思った」という。
81年には夏の埼玉大会の参加校が116校に増え、開会式で全チームが横一列に並べなくなったことが決定打となり、開会式が西武の本拠の西武球場(同県所沢市=現ベルーナドーム)に。翌年には準々決勝以降も移った。
だが西武球場は人工芝で県中心部から遠いことなどから、「高校野球は大宮で」という声は根強かった。
県高野連の署名活動の成果もあり、県は建て替えを決定。両翼99メートル、中堅122メートルと広くなり、92年にメイン会場の座を取り戻した。
新球場の広さに、田中は手応えを感じた。「足や肩、スピード重視の野球に変わる。これで全国レベルと渡り合える」
その思いの通り、翌年には選抜大会で大宮東が、選手権大会で春日部共栄が決勝に進み、県勢が春夏連続で甲子園準優勝となった。
そして、2013年の選抜で浦和学院が大宮工以来45年ぶりの県勢優勝。17年の第99回全国選手権大会では、花咲徳栄が悲願だった県勢初の全国制覇を果たした。
広くなった球場はプロ野球でも使われるようになり、08年6月27日に1本のホームランが飛び出す。
埼玉西武が地元密着の一環として大宮で開いた初の公式戦。4番クレイグ・ブラゼル(43)が千葉ロッテの成瀬善久(38)から放った一発は右翼スタンドを越え、隣接するサッカー場のNACK5スタジアム大宮に飛び込んだ。
推定140メートルの特大弾をきっかけに「両スタジアムでのプロ野球とサッカーの同時開催がなくなった」という「都市伝説」が生まれた。
だが、NACK5スタジアムを本拠とするJ3大宮アルディージャによると「野球は平日開催が主で、サッカーは週末。あのホームランは意識していない」という。
球場ができて90年を経て、伝説の一発から70年が経った。福島は「ミスターが打ち込んだバックスクリーン下の芝もなく、何もかも新しくなった。当時の面影はないよ」とつぶやき、言葉を継いだ。
「若い球児たちは新しい球場で、新たな伝説に挑んでほしい」(平井茂雄)
最近10大会の全国高校野球選手権の埼玉代表
2014年 春日部共栄(2回戦)
15年 花咲徳栄(準々決勝)
16年 花咲徳栄(3回戦)
17年 花咲徳栄(優勝)
18年 浦和学院(準々決勝)
18年 花咲徳栄(2回戦)
19年 花咲徳栄(2回戦)
20年 新型コロナで中止
21年 浦和学院(2回戦)
22年 聖望学園(2回戦)
23年 浦和学院(1回戦)
18年は記念大会で南埼玉、北埼玉大会。かっこ内は全国高校野球選手権大会での成績
埼玉県営大宮球場
さいたま市大宮区高鼻町4丁目。全国にある氷川神社の総本社である武蔵一宮氷川神社の境内の一部にできた埼玉県大宮公園内にある。2万500人収容。大宮駅から徒歩20分。大宮公園駅、北大宮駅から各徒歩10分。おすすめは大宮駅から氷川参道を通るルート。
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