三井住友フィナンシャルグループ(FG)が「脱・金融」を掲げると、伝統的な金融事業を中核で担ってきた事業会社は複雑な思いにかられた。三井住友銀行幹部は「自分たちが否定されているようなイメージを持った」と明かす。
しかし太田純・前社長の動きからは、真逆の思いが見て取れる。「金融にはこだわらない」と公言していたが、そこには間違いなく、金融事業という屋台骨への叱咤(しった)激励という面があった。外部の知恵をかき集め、人材の高度化を図っていたことがその証左だ。そして今、銀行・証券の社内から閉塞感を吹き飛ばすような動きが活発化している。
片道切符のはずだった
その最たる例が三井住友銀行頭取の福留朗裕氏だ。「トヨタ自動車系から帰ってくるだけでも意外。頭取なんて夢にも思わなかった」と語る。
1985年に旧三井銀行に入り、海外・市場部門畑を長く担当。2015年から常務執行役員を務め、18年にトヨタの金融子会社トヨタファイナンシャルサービス(TFS)に社長として転籍した。ところが21年、執行役専務として三井住友FGに復帰。23年4月に三井住友銀行頭取に就いた。三井住友FGの複数の幹部が「福留氏の人事には、太田氏が相当こだわっていた」と証言する。
トヨタの豊田章男社長(現会長)から福留氏は大きな影響を受けた。「豊田氏は会社の変革が実現せず、フラストレーションを抱えていた。悩みながら、あえて会社を揺らし続けていた」と振り返る。
福留氏が率いたTFSは、トヨタの新車サブスクリプション(定額課金)サービス「KINTO」の開発を主導。19年7月から全国で展開した。「スケール感を持ちつつ素早く動く、トヨタ流を経験させてもらった」(福留氏)
「脱・金融」を掲げてきた三井住友FGだが、現実には銀行ビジネスの比重が高まっている。福留氏は「過去20年間の成長ドライバーは、海外事業やグループ会社だったが、国内事業こそ宝の山だ。金利のある世界で利ざやが拡大し、経済が低体温の状態からダイナミズムが働くようになれば、顧客が動き出す」と話す。
「銀行法上の規制緩和が前提だが、やはり事業をやっていかなければ駄目。顧客やその事業に関わる金融を一緒に手掛けたり、金融が得意な事業会社になったりする。例えば米アマゾン・ドット・コムのように多様な事業を立ち上げて周囲の金融を育てれば、巨大な金融会社になり得る」。銀行の「外」の発想を学んできた福留氏は、銀行の未来像を思い描いている。
米国で独自のデジタルバンク
「最先端のシステムで、顧客ニーズの変化に応じてサービスを改良できるようになった。中長期的な視点に立って戦略を貫きたい」
こう意気込むのは三井住友FGが23年7月に米国で開業した「ジーニアス・バンク」のトップ、ジョン・ローゼンフェルド氏だ。米地銀大手でデジタルバンクを率いた手腕を買ってスカウトした。
日本のメガバンクが、米国で独自にデジタルバンクを提供する。そんな飛躍した挑戦への構想がスタートしたのは、18年4月だった。
「我々は、米国でどうしていくべきか」。三井住友銀行米州戦略統括部の副部長として着任した田中大輔氏は、連日議論を重ねていた。
米国でこれまで事業を展開していなかった領域を開拓するには、その原資となる米ドルを調達する基盤の多様化が欠かせない。銀行ビジネスにおける重要な資金調達先は顧客からの預金だ。米国地銀に出資するというプランも検討したが、そうした銀行は店舗網を構築済みで、実店舗は重要性を低下させていくことは間違いない。
そこで浮上したのが、デジタルのリテールバンク構想だった。田中氏は三井住友FG前社長の太田純氏が渡米した際に基本方針の了承を取り付ける。
従来の流儀なら、グループ内の人材がジーニアス・バンクのトップに就いていたかもしれない。だが、三井住友FGが米国でリテール向けビジネスを手掛けるのは初めてで、事業ノウハウに乏しい。米当局から事業化の承認を得るためにも最適な人物として、外部のローゼンフェルド氏に白羽の矢を立てた。
ジーニアス・バンクは現在、個人向けローンと貯蓄性預金のサービスを展開する。ローゼンフェルド氏は「デビットカード、クレジットカードや自動車ローンにも進出していきたい」と事業拡大に意欲を示す。
運用のベテランの知恵活用
資産運用を手掛ける三井住友DSアセットマネジメントの猿田隆社長は、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)や野村アセットマネジメントを経て、20年4月に社長に就いた。同業他社に見劣りする預かり資産の拡大ペース引き上げを、運用ビジネスに精通した猿田氏に委ねた。
猿田氏は「言い方は悪いかもしれないが、外資系の運用会社と比べると日本の運用会社はもっと能力を高める必要がある」と一刀両断する。
顧客資産を集めるには、魅力的な運用商品を実現する優秀なファンドマネジャーが必要だ。そこで、猿田氏は就任後、新たな資産運用の担い手を育てるユニークなプログラムを立ち上げた。国内最大級となる500億円の投資枠をつくり、優秀な運用商品の開発に充てるというものだ。
三井住友銀行も資産運用ビジネス強化の動きに呼応する。国内400店舗のうち、150店を富裕層向けビジネスのチャネルに転換し、SMBC信託銀行やSMBC日興証券も集まる拠点にする計画だ。
GS出身者が北米戦略を加速
「三井住友FGのミッシングピースである海外の投資銀行ビジネスを強化してほしい」。ゴールドマン・サックス証券に21年間在籍し、金融法人グループの統括責任者や経営委員会のメンバーを務めた梅谷俊彦氏に、SMBC日興証券副社長への就任を頼んだのは、三井住友FGの太田前社長と中島達社長だった。
梅谷氏は北米戦略を加速させた。23年4月、米証券会社ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループに追加の資金を拠出し、持ち分を最大15%まで引き上げると発表した。梅谷氏は「日本は最も重要な市場だが、グループ全体の成長を考えると米国市場を避けては通れない」と力説する。
ジェフリーズとの連携強化を起点に、業務の大幅な再編も主導した。競争力に劣る米国株式の引き受けやM&A(合併・買収)の助言業務について、ジェフリーズに機能を移管した。「協働の枠組みに従い、両社の得意分野について収益を分配する仕組みにした」(梅谷氏)
連携を強化して以降、三井住友FGはジェフリーズと合同で30件以上の株式・債券の引き受けを実現。24年1月には、欧州や中東・アフリカ地域まで協業範囲を広げることで基本合意した。
外部の知見を積極的に取り込むことで、改革が進む三井住友FGの銀行や証券のリテール業務。日本銀行がマイナス金利を解除した今、さらにアクセルを踏めるのか。
S&Pグローバル・レーティング・ジャパンの吉澤亮二マネジングディレクターは、足元の収益構造でリテールの貢献度が約1割にとどまっている点に注目する。「リテール業務のデジタル化をきっちり収益化するのは、各国の銀行に共通する課題。三井住友FGは『Olive(オリーブ)』をはじめプラットフォーマーになろうとする意思は感じられるが、まだ稼げているとは言えず、業績への貢献は期待と不安が半々だ」と語る。
「金融がほとんど現物を扱う時代が去った中で、三井住友FGはトップに引っ張られ、デジタルビジネスを推進する意欲が強い」と評価するのは、ピクテ・ジャパンの大槻奈那シニア・フェローだ。
しかしグローバルを見れば、歴然とした格差が横たわる。大槻氏によると、米国の大手行が年間2兆円前後をITに投資している一方、三井住友FGを含む日本勢はほぼ2000億〜3000億円にとどまる。「日本の企業全体に言えるが、人員配置も含めたリソースの大胆な変革ができていない」(大槻氏)のだ。
国内のメガバンクグループ内の競争において、三井住友FGの存在感が急速に増していることは衆目が認める事実だ。だが、世界の金融市場で伍(ご)する存在になるまでに、残された課題は多い。
(日経ビジネス 鳴海崇)
[日経ビジネス電子版 2024年3月28日の記事を再構成]
日経ビジネス電子版
週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。 詳細・お申し込みはこちらhttps://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/ |
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。