極上の一献と航空宇宙産業――。一見ほど遠い二つの世界を、職人の技術が結びつけた。航空機やロケットなどの部品メーカー「熱田起業」(名古屋市中川区)が製作した酒器は航空機部品と同じ素材を使い、飲み口は0・6ミリの薄さ。唇を当てた時の器の存在感が薄れ、最も酒を感じられる形状という。この“究極の酒器”のブランド「HAKUSAKU薄削」が注目を集めている。
航空機部品に求められる精度は極めて高い。酒器の素材は航空機部品と同じ超ジュラルミン製。優れた強度と軽さを併せ持つアルミ合金だ。
飲み口を仕上げるために駆使したのは、10万分の1ミリまで計測する技術と職人たちの切削技能。さまざまな薄さ、デザインで試作を繰り返した。きき酒師の資格を取得した中嶋正行社長(52)が試飲を重ね、0・6ミリという数字にたどり着いた。中嶋さんは「本当は0・1ミリにだってできる。でも一番口当たりが良く、おいしく感じられるのがこの厚さだった」と解説する。
切り子細工のような装飾は、美しいだけでない。器を持った時に指が接する表面積を減らし、冷えたお酒が体温で温まるのを防ぐ。
2023年に「応援購入」サービスの「Makuake(マクアケ)」で販売を開始した。現在はオンラインショップを設けている。
薄削ブランドの別の商品は今年5月、名古屋商工会議所の認定する「名古屋匠(たく)土産(みやげ)に選ばれた。
創業以来、70年近くにわたり航空機産業に携わってきた。国産ジェット旅客機「スペースジェット(旧MRJ)」の開発中止やコロナ禍など、20年以降、業界は厳しい環境に置かれた。それでも、受注先を分散するなどして乗り切ってきた。
薄削が生まれたのはそんな頃。これまでのBtoB(企業向け)だけでなくBtoC(消費者向け)に挑戦したいと、社内の機運が高まった。
会社の強みを生かし、消費者にアピールできる商品は何か。議論を重ね、最新技術と伝統文化の融合を目指すことにした。「手にしたおちょこを見て、これが宇宙を飛ぶロケットの部品と同じ素材なんだと思いを巡らせてもらえたら」と中嶋社長は期待する。
愛知が航空機産業の集積地であることを発信したい思いもある。「新たなBtoBにつながったらいいな、なんてことも考えてるんですよ」
今後の事業展開を尋ねると、「軸足は航空宇宙産業、それはぶれません」。その中でも、新しいことに挑戦したいという。開発が進む「空飛ぶクルマ」もその一つだ。長年継承されてきた職人の技が、新たな空を切り開いていく。【太田敦子】
熱田起業
1954年設立。航空宇宙、工作機械などの部品製造が主力。社員は36人。創業者が名古屋市熱田区で会社を起こしたことが社名の由来。 一級機械加工技能士など、さまざまな国家資格を取得している社員が多い。「あいちの名工」に選ばれた職人も。他の事業所で技術指導をすることもあるという。
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