オープンAIスタートアップ・ファンドなどから出資を受けた米ゴーストオートノミーは自動運転ソフトなどを開発していたが、製品の商用化にこぎ着けられず事業を停止した
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

発明王エジソンは数々の実験の失敗について「うまくいかない5万通りの方法を学び、最終的な成功に5万回近づいた」と話し、失敗から学べることは多いと説いた。

テックスタートアップにとって、失敗の題材はいくらでもある。厳しいマクロ経済環境に直面している現状では、スタートアップの経営破綻は珍しくもないからだ。

スタートアップの生命線である資金調達が2021年をピークに激減したため、各社は資金難にあえぎ、破綻に陥りやすくなっている。23年の世界のスタートアップの調達額は21年比で61%減った。

だが、破綻に至る原因は複数あり、マクロ環境はパズルの一片にすぎない。さらなる原因を解明するのは難しいが、創業者や投資家、ジャーナリストの破綻についての報告や報道から多くの手がかりを得られる。

今回のリポートではCBインサイツのデータベースを活用し、スタートアップの主な破綻事例についてまとめた。

スタートアップの破綻事例(分析期間23年10月1日〜24年5月28日)

22年の金利上昇とインフレ高進を受け、23年のスタートアップ投資は大きく縮小した。四半期ごとのエクイティ(株式)による調達額と調達件数は減少傾向となり、新たな資金を必要とするスタートアップの経営を圧迫した。

24年1〜3月期の調達額は前四半期と比べて若干増えたが、21年のピークをなお68%下回った。一方、調達件数は8四半期連続で減少し、過去約8年で最も少なかった。

スタートアップ投資、やや回復もなお低調(公表ベースのエクイティ調達額)

消費者の関心の移り変わり、規制のハードル、組織的なミスなども追い打ちとなり、多くのスタートアップが事業閉鎖に追い込まれている。

数百万ドルを調達したが破綻したスタートアップ(公表ベースのエクイティ調達額) 注:このグラフでは23年10月1日〜24年5月28日に事業を閉鎖した(閉鎖を発表した)スタートアップのうち、調達総額上位10社を取り上げている

米オリーブ(Olive)

オリーブは人工知能(AI)を活用し、保険会社への事前承認や手術の臨床分析などの重要なタスクを自動化する医療システムを提供していた。12年の創業以降、ほぼ毎年新たなラウンドを実施し、着実に資金を調達してきた。だが、厳しい経済環境、進化する顧客の期待、経営ミスが重なり、中核資産の売却と事業閉鎖に追い込まれた。

・主な投資家:シリコンバレー銀行、グーグル・ベンチャーズ、セコイア・キャピタル、タイガー・グローバル・マネジメント

・調達総額:8億5000万ドル

・ピーク時の企業価値:40億ドル

考察:23年10月に主要部門を売却し、市場から撤退

・オリーブは主要部門を売却した。米ウェイスターが医療事務処理と診療予約部門を、米Humata Healthが事前承認部門を買収した。

・中核部門の売却に伴い、事業活動を停止する方針を表明した。

・この売却により、顧客に接する部門に安定と先の見通しをもたらした。

出所:オリーブ

米コンボイ(Convoy)

コンボイは運送業者と貨物のマッチングを手がけ、米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏や、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らの投資家を引き付けた。だが、同社の経営陣はトラック輸送の門外漢で、採算の合わないモデルを儲かるビジネスに転換するのに苦労した。輸送需要の低迷により財務上の課題がさらに悪化し、スタートアップ投資の縮小で資金調達手段が尽き、事業を閉鎖した。

主な投資家:ビル・ゲイツ氏、ジェフ・ベゾス氏、マーク・ベニオフ氏、Yコンビネーター、キャピタルG

調達総額:8億3600万ドル

ピーク時の企業価値:38億ドル

考察:金融市場の低迷で23年10月に閉鎖

・かつては「トラック輸送版ウーバー」と目されていたが、新たな資金調達や買い手探しがうまくいかず、事業を停止した。

・23年1〜9月期の売上高は3億2000万ドルと、22年通年の6億3000万ドルから大きく減少した。

・最終的には新規注文を受けず、既存の輸送をキャンセルするよう社員に指示した。

出所:ジ・インフォメーション

米ハイパーループ・ワン(Hyperloop One)

ハイパーループ・ワンは最高時速760マイルで乗客を運ぶ高速輸送システムの開発を目標に掲げ、当初はビジョンに賛同した戦略パートナーから多くの支援を得た。こうした投資家から数百万ドルを調達したにもかかわらず、技術や規制のハードルを乗り越えられず、事業を閉鎖した。

主な投資家:ヴァージン・グループ、DPワールド、コースラ・ベンチャーズ、GEベンチャーズ

調達総額:4億7200万ドル

ピーク時の企業価値:7億ドル

考察:契約を確保できず、23年12月に事業を閉鎖

・ハイパーループ輸送システムを実用化する契約を確保できず、事業閉鎖につながった。

・旅客輸送から貨物輸送に事業を転換し、閉鎖までの1年で大量の人員を削減した。

・閉鎖時には、機械や試験トラックなどの資産を売却する計画だった。

出所:テックプルート、グッドワードニューズ、マネーコントロール

米インビジョン(InVision)

インビジョンはアプリやサイトを複数のメンバーでデザインできるツールを手掛けていた。創業から13年で数回のラウンドを実施し、18年のシリーズFでは企業価値19億ドルで1億1500万ドルを調達した。だが、シリーズF以降はラウンドで資金を調達しなかった。同社の製品は陳腐化し、米フィグマなどの競合他社に抜かれたと指摘する利用者もいた。インビジョンは24年1月、共同デザインサービスを年内で終了すると発表した。

主な投資家:タイガー・グローバル・マネジメント、アクセル、アトラシアン、ゴールドマン・サックス

調達総額:3億5000万ドル

ピーク時の企業価値:19億ドル

考察:24年末までに共同デザインサービスを終了

・インビジョンのプロトタイプ作成サービス「プロトタイプ」とデザインシステム管理サービス「デザインシステムマネジャー」を含む共同デザインサービスは24年末までに段階的に廃止される。

・ビジュアルワークスペースを手掛ける米ミロは23年、インビジョンのビジュアル協業ツール「フリーハンド」を取得した。だが、インビジョンの事業閉鎖により、フリーハンドの現行版は年内いっぱいで使えなくなる。ミロはフリーハンドのユーザーの移行計画に取り組んでいる。

・1年に及ぶ段階的な縮小期間を設けたことで、既存の顧客は代替サービスに移る時間を得られる。

出所:インビジョン

米ゴーストオートノミー(Ghost Autonomy)

ゴーストオートノミーは当初、乗用車の高速道路での走行を支援する自動運転ソフトを開発していた。何度か事業を転換したが、多額の資金を調達したにもかかわらず製品の商用化になかなかこぎ着けられなかった。最終的には、自動運転システムの開発継続と商用化に必要な長期投資を確保する手段が見つからなかったと表明した。

主な投資家:オープンAIスタートアップ・ファンド、コースラ・ベンチャーズ、コーチュー

調達総額:2億3900万ドル

ピーク時の時価総額:5億1800万ドル

考察:24年4月に事業を閉鎖、資産の先行きは不明

・ゴーストオートノミーは自動運転技術を開発する約束を果たせず、事業を停止した。

・オープンAIスタートアップ・ファンドからの500万ドルなど多額の出資を受けたが、製品を商用化できなかった。

・開発の軸足を高速道路の自動走行を支援する消費者向けキットから、衝突防止技術、最後には自動運転用の大規模言語モデル(LLM)に移したが、いずれも商用化に至らなかった。

出所:スタートアップイタリア、シリコンアングル、ヤフー映画カナダ

米Zeus Living(ゼウスリビング)

ゼウスリビングは法人を対象に長期滞在用の家具付き物件のシェアリングサービスを手がけていた。新型コロナウイルスの感染拡大当初は需要が蒸発し企業価値が大きく下がったが、医療従事者やリモートワーカー向けに事業を転換して存続した。だが、金利上昇を受けて住宅購入コストが上昇したため、不動産投資で十分な収益を得られなくなった。

主な投資家:エアビーアンドビー、コムキャスト・ベンチャーズ、アルムナイ・ベンチャーズ

調達総額:1億3900万ドル

ピーク時の企業価値:2億500万ドル

考察:ゼウスの23年11月の事業閉鎖、不動産テックへの圧力示す

・ゼウスリビングは家主に対し、資金繰りが厳しく、物件の賃料が支払えないと伝えた。

・同社の事業閉鎖は、金利上昇に伴う不動産テック企業の苦境を示している。

出所:ジ・インフォメーション

米Avail

Availは手術を担う医師が、手術室の外にいる医療機器の営業担当者や指導医らとコミュニケーションをとれる「テレプレゼンス」技術を開発した。手術室はコロナ禍のソーシャルディスタンス規制への対応を急いだため、同社の製品は勢いを増した。だが、コロナ規制が解除されて手術室が通常の状態に戻ると、同社は新たな資金調達に苦戦し、23年11月に事業を閉鎖した。手術ロボットスタートアップの米メンダエラ(Mendaera)は24年3月、Availのテレプレゼンス技術を取得した。

主な投資家:D1キャピタルパートナーズ、プレイグラウンド・グローバル、コーチュー、バイドゥ・ベンチャーズ

調達総額:1億3800万ドル

ーク時の企業価値:2億9000万ドル

考察:資金調達できず、23年11月に閉鎖

・Availは成長に必要な新たな資金を確保できず、事業を閉鎖した。

・調達総額は1億3000万ドルを超え、米国で1100カ所を超える医療センターに製品を展開していたが、コロナ後は勢いを維持できなかった。

出所:マスデバイス

米スーパーペデストリアン(Superpedestrian)

スーパーペデストリアンは電動キックボードなどマイクロモビリティに特化した輸送ロボットスタートアップだった。12年の創業後、数回のラウンドで資金を調達し、著名な機関投資家や個人投資家の出資を受けた。だが、都市の規制、コンプライアンス(法令順守)コスト、マーケティング不足の問題に直面し、最終的には経営難に陥った。M&A(合併・買収)によるエグジット(投資資金の回収)も模索したがうまくいかず、閉鎖に追い込まれた。

主な投資家:ゼネラル・カタリスト、ソニーイノベーションファンド、シティ・ベンチャーズ、スパーク・キャピタル

調達総額:1億1800万ドル

ピーク時の企業価値:5億6000万ドル

考察:資金調達に苦戦し、23年12月に破綻

・スーパーペデストリアンは23年末に身売りと資金調達の計画が失敗し、活動を停止して従業員の大半を解雇した。

・閉鎖時には欧州事業の売却を模索していた。

・米バード、米スピン、マイクロモビリティ・ドット・コムなど同業他社も経営難に陥っている。これはマイクロモビリティ市場の苦境を示している。

出所:テッククランチ

米ファントム・オート(Phantom Auto)

自動運転の遠隔操作を手掛けるファントム・オートは当初、ロボタクシーや自動運転トラックなど自動運転車の公道走行を支援していた。物流事業への転換は成功したが、事業拡大の可否は依然として外部資金調達に左右されていたため、スタートアップ投資が低迷し、資金調達が干上がると脆弱な立場に置かれた。同社は新たなラウンドを完了できず、事業閉鎖に追い込まれた。

主な投資家:アルムナイ・ベンチャーズ、ベッセマー・ベンチャー・パートナーズ、アークベスト、NFI

調達総額:8600万ドル

ピーク時の企業価値:5億2500万ドル

考察:資金難で24年3月に破綻

・ファントム・オートは事業の継続に必要な追加資金を調達できなかった。

・外部資金調達への依存と新たなラウンドの確保が予想外に難しくなったことが、事業閉鎖の決定的要因となった。

・19年に事業を転換して物流に集中したが、商業展開での課題と厳しい資金調達環境により破綻を余儀なくされた。

出所:テッククランチ、リンクトイン

米ウオーキング・フィッシュ・セラピューティクス(Walking Fish Therapeutics)

ウオーキング・フィッシュ・セラピューティクスはB細胞を活用した治療法の開発に力を入れていた。希少疾患であるファブリー病などの治療を目標に掲げ、7500万ドル近くを調達した。臨床試験(治験)を開始するためにシリーズBで資金調達を進めていたが、投資家の1人が不動産債務の懸念から手を引いた。代わりの投資家を見つけられずラウンドを完了できなかったため、事業を閉鎖し、資産売却を検討した。

主な投資家:ファースト・スパーク・ベンチャーズ、ノースポンド・ベンチャーズ、テラマグナム・キャピタル・パートナーズ

調達総額:7300万ドル

ピーク時の企業価値:1億200万ドル

考察:24年5月の事業停止、B細胞治療のイノベーションに影響

・ウオーキング・フィッシュ・セラピューティクスはたんぱく質と抗体を生産する工場としてB細胞を活用しようとしていた。

・数回に及ぶ人員削減の末、事業を閉鎖した。

・同社の破綻は、制約のある資金調達環境で、巨額の費用がかかる細胞治療の開発に取り組むバイオテック企業が直面している課題を物語っている。

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