人とのつながりを求めて朝から踊る人たち(3月、テキサス州オースティン市)

米南部テキサス州の州都オースティン市。屋外ステージに立つDJ(ディスクジョッキー)の演奏に合わせ、100人近い人たちが高揚気味に踊っていた。ライブハウスやクラブのような雰囲気が漂うが、時間は午前9時半を過ぎたばかり。ビールやカクテルといったアルコール類は一切なく、照明の代わりに太陽が参加者らを照らす。

「踊りながら出会った人たちと交流するのさ。健康的なつながりを感じるためにここに来ている」。ほぼ毎月参加しているというバート・スミスさん(40歳)は言う。新型コロナウイルス禍を経て人と話す機会が減り、孤独を感じていた2年ほど前にイベントの情報を見つけたのがきっかけだった。「僕にとってはカフェで誰かに声をかけるよりも自然体で話ができる」(スミスさん)

孤独と聞いて、日本で4月1日に施行された孤独・孤立対策推進法が頭をよぎった読者もいるだろう。孤独や孤立によって心身に悪影響を受けている人たちへの支援を目的とする同法は「人と人との『つながり』が生まれる社会を目指す」との趣旨を掲げる。高齢者から若年層にまで及ぶ孤独・孤立を社会全体の課題と捉え、対策を打つ意志を明確にした。

「1日15本のたばこと同じぐらい危険」

同様の動きは世界各地で広がる。決定打となったのが2023年5月に米国の公衆衛生政策を統括する米保健福祉省(HHS)のヴィヴェク・マーシー医務総監がまとめた80ページ超の勧告だ。「孤独と孤立のまん延(Our Epidemic of Loneliness and Isolation)」と題した勧告は孤独・孤立について「たばこを1日15本吸うのと同じぐらい危険」と指摘し、公衆衛生の危機として対処する必要性を論じた。

実際、勧告が示すデータは強烈だ。慢性的な孤独や社会的な孤立は高齢者の認知症の発症リスクを約50%高める可能性があり、子どもや青少年ではうつ病になりやすくなるという。経済損失についても指摘しており、米国では孤独に伴うストレスを原因とする欠勤が「雇用主に年間1540億ドル(約23兆円)の損失をもたらしている」と見る。孤独・孤立を要因とする若者の学業成績の低下や高齢者の医療費増加を含めると、社会の損失額はさらに膨らむ。

マーシー医務総監は孤独・孤立のリスクを列挙した

この勧告を経て、23年11月には世界保健機関(WHO)が「社会的なつながり」を促進するための委員会を発足させた。同じ月には米ニューヨーク州が孤独・孤立に対するアドバイスをする95歳の「名誉孤独大使」を任命している。24年に入ると筆者の暮らすサンフランシスコ市郊外の自治体までもが、「住民の45%が孤独・孤立に悩んでいる」として公衆衛生上の緊急事態を宣言した。

WHOは孤独を「つながりを感じられないことによる社会的苦痛がある状態」と定義し、孤立を「社会的なつながりの数が十分でないこと」と解釈している。こうした状態に苦しむ人は以前からいたが、今になって社会の脅威と捉えられ始めたのはなぜか。

米国人の1割「親しい友人がいない」

「やはりコロナ禍の影響が大きかった。人々は距離感の取り方や他人との付き合い方を忘れてしまった」。スミスさんが参加した朝方ダンスイベント「DAYBREAKER(デイブレーカー)」を主催するラーダ・アグラワル氏はこう指摘する。

アグラワル氏はニューヨークで暮らしていた13年にデイブレーカーを始めた。「孤独に陥りやすい都市でも帰属意識を持てるコミュニティーをつくりたい」と考えたのがきっかけで、いわば孤独・孤立問題の先駆者だ。これまでに世界28都市で50万人を超す参加者らと交流を重ねてきたが、20年のコロナ禍以降の4年間は明らかな変化を感じたという。

「昔からの知り合いはいても、違うグループと交わったり、新しい友人をつくったりするのが難しくなった」と、アグラワル氏は言う。米NPOピュー・リサーチ・センターの23年の調査によれば、米国人の1割近くは「親しい友人が1人もいない」としている。

23年ごろから顕著になった企業の人員削減も一因だ。米アカデミー賞を受賞した映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のダニエル・クワン監督は3月の講演で、「誰もが使い捨てにされる状況にある」との見方を示した。頻繁な解雇によって不安が広がり、「従業員と雇用者の関係、友情さえも長続きしなくなった。かつてなく孤独を感じやすくなっている」(クワン氏)。

もちろん、テクノロジーの副作用もある。デートアプリ「Hinge(ヒンジ)」のジャスティン・マクラウド最高経営責任者(CEO)は「つながりをうたっていたSNSがいつの間にかソーシャルメディアと呼ばれるようになったのが象徴的だ」と言う。広告効果を高めるために中毒性のあるサービスを各社がつくり込んだ結果、人々が友人らとリアルで過ごす時間は減った。

マーシー医務総監の勧告は対策として、図書館や公園といった公共インフラへの投資を通じた地域社会でのつながりの強化や、医療・保健機関による支援の拡充を挙げる。日本の孤独・孤立対策推進法は自治体に対し、問題に取り組むための地域協議会の設置を促している。ただ、いずれも即効性を求めるものではない。孤独のまん延に個人はどう向き合えばいいのか。

勇気を出して誘ってみる

アグラワル氏は「孤独を感じている自分を認めることから始めるべきだ」と話す。同氏の母親は日本人で、本人もたびたび日本を訪れている。そこで感じたのが、日本人は米国人などと比べて「『大丈夫だから』と無理をしてしまう人が多い」ということ。寂しさを認めることが「最初の一歩」だと指摘する。

「寂しさを認めることが最初の一歩」と説くラーダ・アグラワル氏

その上で、社会とつながるために何ができるかを模索する。自身の帰属意識について改めて考えたり、見直したりするのも一案だという。「健康のために食事内容を変えたり、運動したりする。孤独についても同じように捉えればいい」と、アグラワル氏は言う。

具体的にできる行動として「誰かから声がかかるのを待たない」ことを勧める。映画鑑賞や公園を散歩する会といった催しを企画し、「勇気を出して自ら誘ってみる」のだという。重要なのは、参加者数と成功を結びつけて一喜一憂しないこと。「誰かが来てくれてすてきな時間を過ごせたら、それだけで素晴らしい」(アグラワル氏)

(ジャーナリスト 佐藤浩実)

[日経ビジネス電子版 2024年4月17日の記事を再構成]

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