――北海道と九州の事業を売却し、本州に集中するとは思い切った決断ですね。
「そうですか。そうでもないですけど。私ではなく、ファンド(親会社の米投資ファンドKKR)が決めたことです。私は経営者なので、ニュートラル。ファンドは会社に値段があって売ったり買ったりするものだと考えています。業績が悪い会社に経営者を送り込んで経営改革すれば大成功です。西友は業績が良くなったので『今回分割して売ります』という話になったのでしょう」
「ファンドは買ったときからイグジット(投資回収)を考えます。年率何%の利回りで回すかという観点で一番いいタイミングに売る。当社は21年に発表した中期経営計画の目標を3年で達成しました。23年12月期の連結営業利益は315億円と、業界トップレベル。彼らも売り時だと思ったのではないですか。売却先を決めたのもファンドです。私は取締役会の議長であり、交渉の経緯など報告は逐一受けていました」
「私も昔から『食品スーパー事業は地域を集中させるべきだ』と言ってきました。各地域でリージョナルなチェーンが発達するのが日本の正しい食品スーパーの姿です。本州に集中するというのは不思議なことではありません」
M&A実施の方針でファンドと合意
――なぜ地域を集中させるべきなのでしょうか。
「日本は地域別に食文化があり、地域の食文化に対応することが基本だからです。全国に店舗があると顧客のニーズに対応しづらい。加えて食品スーパーは商品単価が200円ほどと低い。特に北海道や九州の店舗は物流コストの負担が大きくなります。本州に集中して効率化を図って利益率を高め、規模を大きくしようと思います」
「(衣料品など食品以外も売る)総合スーパーは社会的使命が終わり、専門店にニーズが移りました。西友も総合スーパーから食品スーパーに転換し、アパレルの売上高は全体の5%以下です。食品スーパーで全国展開している会社はほとんどないなか、西友は珍しい存在でした」
――今後も事業を売却しますか。
「さらに事業を切り売りして小さくなることは全く考えていません。小売業は商品力と情報システムの重要度が増しています。これらにはスケールメリットが効くので、規模が小さくなるとマイナスな面があります。今後出店を強化し、規模を大きくしたい。出店だけではスピードが遅いので、M&A(合併・買収)を実施する方針でファンドとも合意しています。さっそく他社からもM&Aの話が来ています」
「トラックが1日で輸送できる距離は500キロメートルほどで、その範囲内であれば地域集中といえます。仙台や長野、大阪などで他の食品スーパーとの提携や買収を検討し、勢力を広げます」
――首都圏を中心に食品スーパーの競争は激しいです。
「競争はそんなに激しくないですよ。ナショナルブランド(NB)を安くして販売する競争は厳しいと思いますが、それはメインではありません。食にはおいしさや調理の簡便さへのニーズが非常に強い。オリジナルの商品を開発すれば競争はほとんどないです。首都圏は西友が強い地域で、特に東京都と埼玉県はシェアが高いです。所得水準が高く食に対するニーズは強い。肥沃なマーケットだと思います」
「当社はディスカウント合戦から脱却したい。利益を上げるとは価値を創造することであり、安売りで売り上げを増やすことではないと考えています。価格以外のお客さんのニーズに対応するため、商品力と販売力の強化を2本柱に据えています。高品質で簡便ニーズに対応するオリジナル商品は粗利率も高いです。販売力で商品の良さをアピールします」
「西友は赤字店がほとんどなくて、かなりもうかっているんですよ。『お店はボロボロでしょ。だから赤字でしょ』とよくいわれてきましたが、今は全然違います。店舗が古いのは確かですよ。それはしょうがない。古くてもしっかり売り上げ、利益が上がっていればいいですから」
利益率が低いから社会的な評価が低い
――経営で重視していることは何ですか。
「利益をしっかり上げることです。小売業界は売上高営業利益率が非常に低い。一般的に食品スーパーは2%程度です。小売業の社会的な評価が低いのは営業利益率の低さにあると思います。利益率を高めることが私のライフワーク。利益を情報システムや従業員の教育、店舗といった前向きな投資に回して会社をさらに大きくしたいです」
「スーパー業界は高度成長期が忘れられないところがあります。安くすれば売り上げが増える時代があったので、安売りしがちです。当社はまずは質を高めることを重視します。そうすれば自然と規模も大きくなる。利益が出ないのにえらい出店している企業もありますよね。『大丈夫かな』というふうに見ています」
「西友はもともと、セゾングループの企業です。当社から無印良品やファミリーマートが生まれました。他とは異なる質を求める革新的な企業文化、歴史があります。23年にプライベートブランド(PB)の『食の幸』を復活させました。昔のように高い質を目指しています。それができるのも昔の企業文化が残っているからだと思います」
――利益率を高めるには。
「小売業は『販売業』から脱却しなければいけません。今まではメーカーがモノをつくり、小売りは卸が運んできた商品を店で並べるだけでした。他社も同じ卸を使うので品ぞろえが似てしまう。他の店と同じモノを売っていては価格競争になります」
「『販売業』を脱却し『デジタルマーケティング業』になるべきだと考えています。経営学者のフィリップ・コトラーが言う『商品』『価格』『場所』『プロモーション』の4Pを、データを活用して効率化する。小売業はそれを今までできていなかったから利益が出なかったのだと思います。例えばデータを見れば何を定番売り場に置き、いくらで売るか、利益を増やすための最適解があるはずです」
「小売業はアイテム数や店舗数が多い一方で、商品単価が低い。データは膨大にあるのに手間暇かけて分析すると、採算が合いませんでした。ただこれからは人工知能(AI)などを使ってローコストで高度な分析ができるようになります。今はまだAIは頭がそこまで良くない割に高いですが、今後劇的に変化します。数年内に使えるようになるでしょう。西友はAIをどう活用するか研究しており、業界のトップを切って進めます」
データ分析で無駄な特売を減らす
――具体的にどのようにデータを活用していますか。
「まずは特売の分析です。ある商品の特売を実施するとき、その商品だけ見ればコストに見合う粗利を得られるかもしれません。ただ単価の高い他の商品が売れなくなるマイナスの影響が大きいです。特売は値札の更新や陳列など無駄な店内作業も生じます。データ分析により無駄な特売を減らし、特売のチラシもほとんどなくしました」
「定番商品の売り場でどの商品をどこにいくらで並べれば粗利を最大化できるかも分析しています。精度が高くなくともどちらの方がいいか評価できればいいわけです。AIではなく、相関分析や回帰分析でもデータを使って最適な棚割りを導いて決定できる仕組みをつくろうとしています」
「データを活用し、高い利益水準を保ちつつ売り上げを伸ばします。デジタルマーケティングにおいて業界内でダントツの存在を目指します。西友がノウハウを確立できれば一緒にやりたいという会社が出るはず。データ分析のノウハウを武器にM&Aを進め、速いスピードで事業規模を拡大したいと考えています」
――ネットスーパー事業にも力を入れています。
「食品スーパーもこれから確実にネットの時代になります。もともと商品単価が低く鮮度劣化があるので、一番ネットに商品を載せにくかった。ネットスーパーは黒字化が難しいといわれていますが、西友はネットスーパーを手がける店舗の約9割が黒字です。食品スーパーの商品をネットで注文を受けて届ける事業ではシェア首位です。今後一段と拡大していきたいですね」
ネットスーパーは値段で勝負しない
「リアルの店舗よりもネットスーパーの方がもうかります。私はネットこそコンビニエンス業態だと思っています。コンビニは便利なので商品の値段が高い。ネットスーパーは商品を届けますから、こんな便利なことはない。値段で勝負する必要はありません。ネットスーパーを利用するのは忙しい人たちです。家で生鮮食品をいちいち調理するニーズは少なく、簡便さへのニーズが強いです」
「日本はネットスーパーの売り上げが少ないといわれています。ただ生協の宅配は売上高が約2兆円もある。食品の宅配へのニーズはすごくあるんですよ。生協は忙しい人に合うような品ぞろえを充実させています。こだわった商品も多い。商品力を強化しふさわしい値段で販売すればネットスーパーも絶対利益が出るはずです。ネットとリアルの店舗は業態が異なります。ネットで食品スーパーの商売をそのまま展開し、同じ商品を同じ価格で扱うこと自体が間違っています」
――同業他社ではネットスーパー用の物流倉庫を整備する動きもあります。
「倉庫型のネットスーパーは投資額が大きく回収期間が長すぎます。稼働率が上がらないと利益を確保できません。一般的な食品スーパーの経営とは合わないでしょう」
「当社のネットスーパーのような店舗型なら店舗の資産を有効活用できます。店舗に商品が並んでいて、在庫がある。ピッキングしやすく陳列されている。すごい資産ですよ。バックヤードのスペースは空いていて、出荷スペースも余裕がある。生産設備もあり総菜もつくっている。鮮度の良い商品を届けるために資産を有効活用できる。設備投資がほとんどかからず売り上げがかなり伸びますから、投資効率が高い事業です」
「ネットスーパー事業の拡大に伴って店舗のあり方も変えなければいけません。ネットの売り上げ構成比が20〜30%に達する店舗も出てきている。そうすればネットで売れる商品の在庫は多く持たなくてはいけないですし、人員も必要になります」
(日経ビジネス 梅国典)
[日経ビジネス電子版 2024年5月8日の記事を再構成]
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