人工知能(AI)によるマッチングが当たり前になった分野で、あえてAIを使わないことを訴求するサービスがある。仲人がお見合い相手を探す結婚相談所や、顧客に合った香水を専門家が選ぶネット販売などだ。AIを無機質なものと捉え、むしろ人間味を打ち出すことで、差異化を図るマーケティング戦略である――。

AIが最適の結婚相手を推薦してくれるマッチングアプリを使う人は着実に増えている。明治安田生命保険が2023年10月に実施したアンケートによると、過去1年以内に結婚した人の4人に1人はマッチングアプリが出会いのきっかけだった。「職場での出会い」と並び同率トップである。

また今ではほとんどの結婚相談所も、「IBJ」や「TMS」といった連盟に加盟し、連盟が運用するマッチングシステムを導入している。高級住宅地で知られる兵庫県芦屋市の結婚相談所「芦屋縁」も連盟のシステムを使う。ただそれと並行して、仲人が縁談を持ち込むコースも用意する。芦屋縁は昔ながらのお見合いプロセスを守る、全国でも数少ない結婚相談所なのである。

芦屋縁の代表で、仲人も務める西嶋久美氏は、「会社の創業家や医者の家系、資産家など、家同士の釣り合いを大切にするご家庭の子息や子女、親御さまが、昔ながらのコースを希望することが多い。こうしたご家庭の方は、家族が連盟のシステムで紹介されることを嫌がる傾向がある」と解説する。

家同士の釣り合いを確かめるために、伝統的な「釣書(つりしょ)」と呼ぶ書面を使う。釣書には会員の現住所、学歴、職歴、趣味、特技などのプロフィルが記されている。釣書は関西地方での呼び方で、関東地方で言うところの身上書だ。

芦屋縁の仲人は、社外の仲人たちと定期的に釣書交換会を開き、仲人としての目利き力を働かせながら会員に最適なお見合い相手を探している。西嶋氏は、「お相手の学歴や現住所、親の職業などから育った環境や価値観が見えてくる」と語る。AIに頼らない、職人技によるマッチングだ。

帝国データバンクによると23年に結婚相談所の倒産件数が11件となり、過去最多を記録した。休廃業・解散の11件を合わせると、22の結婚相談所が市場から退出した。マッチングアプリの利用者が増えた影響だ。それでも西嶋氏は「お見合い相手をAIに決められたくないと思う人は必ず残る」とし、AI全盛の時代を迎えても、仲人の仕事はなくならないと確信する。

結婚相談所、生き残りの鍵は「愛」

夫の宮内正志氏と結婚相談所「M&Fパートナー」(埼玉県入間市)を営む市子氏は、「愛」こそがAIに対する最大の付加価値になるとみる。「私は、振られて落ち込んでいる会員と一緒に涙を流したり、自信を失いかけている会員と飲みに行って励ましたりしている。このように会員に愛情を持って接することは、AIにはできないはず」と言う。正志氏も「私たちのような結婚相談所の仲人は成婚までの期間、会員に寄り添うことができる」と強調する。

M&Fパートナーの宮内正志氏(左)と市子氏

またIBJなど連盟のマッチングシステムを使っても条件的にお見合い相手が見つからない場合、M&Fパートナーをはじめとする結婚相談所の仲人たちはプロフィル交換会を開き、人力で最適の相手を探している。

市子氏は、「それなりに年齢を重ねた男性が、若い女性と結婚したいと思っていても、AIでは条件が合わずお見合いを組めないことがある。そうしたケースでは、私たち仲人がプロフィル交換会で、『こちらの男性会員は年齢を重ねているかもしれないが、若い女性とも付き合える魅力は十分にある』などと相手の仲人に伝えている」と語る。

AIでは捉えきれない魅力をアピールできる点も、結婚相談所の強みだ。

失恋の傷、AIでは癒やせない

「AIとの対話が当たり前になる時代には、逆に人間とのコミュニケーションの価値が上がる」。そう語るのは、ザ・フレグランス・カンパニー(東京・新宿)代表取締役のソールズベリー夏生(かい)氏だ。同社は香水のネット通販サイト「セレス」を運営している。

ネット通販ではAIを使ったレコメンド機能が一般的だ。利用者の個人情報や購入履歴から次に買いそうな商品をAIが予測し、画面に「おすすめ」として表示する機能である。

しかしセレスはAIに頼らない。その代わり「スタイリスト」と呼ぶ、日本フレグランス協会の資格を持つ香りの専門家が、一人ひとりの利用者に合わせて香水を選んでいる。利用者がサイトに入力した性別や世代、「好きな場所のイメージ」などを基に香水をセレクトする。悩みごとや希望を書き込む自由記入欄もある。

セレスで購入した香水はスタイリストの手書きメッセージとともに送られてくる

スタイリストを務める阿部奈恵取締役は「『失恋したので元気になりたい』などと記入したお客さまには、癒やしの効果があるハーブの香りがする香水などを選んでいる。香水は感情に訴える商品であり、機械的にご提供したくはない」と語る。

(日経ビジネス 吉野次郎)

[日経ビジネス電子版 2024年5月9日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。

詳細・お申し込みはこちら
https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。