人工知能(AI)は進化がめざましく、私たちの生活を大きく変える可能性を秘める。一方で人権侵害や偽情報の拡散などリスクも指摘され、世界各国では活用に関するルール作りが進む。技術革新は社会をより豊かにするためにある。SDGs(持続可能な開発目標)を達成するための基盤技術として、AIを健全に発展させたい。
生成AIの普及で、私たちにとってAIが一段と身近になってきた。生産性を飛躍的に高め、人に役立つアプリケーションが次々登場しつつある。
日本IBMはAIで医療の世界を変えようとしている。2015年ごろから遺伝子解析による白血病診断などで本格的に取り組み、実績を上げてきた。今年2月には京都大学などと共同で、難病や希少疾患の早期発見を支援するシステムの運用を始めた。
「日中に眠くなる」など複数の症状を入力・選択すると、可能性のある難病の候補を割り出す。医師のほか、一般の人もネット上で無料で利用でき、相談できる病院も教えてくれる。難病は症例が少なく、病名が分かるまでに数年かかることもある。国内外の膨大な医学論文を専門医が収集・分類し、AIが日常的な言語による疾患との関連性を重みづけすることで、判定を可能にしたという。
同社はオムロンなどと組んで、視覚障害者向けに「AIスーツケース」の実証実験も進めてきた。AIを搭載したスーツケースが自走して安全に誘導する。ハンドル上の端子で進む方向を伝えたり、目的地を音声で案内してくれたりする。
日本IBMが主力とする企業の情報システムも、AIで大きく変わりつつある。プログラムコードの作成や動作テストなど労力の要る工程をAIがこなし、30年に開発・運用の全体で50%効率化することを同社は目指している。携わった技術者が引退して改修が難しかった古いプログラムも、AIが最新の仕様書を生成できるようになるという。デジタル人材の不足も克服できるかもしれない。
AIの進化には計算能力のさらなる向上が欠かせない。一方で、それはエネルギー消費をどんどん膨らませることにもなる。IBMは次世代計算機である量子コンピューターの開発とともに、人間の脳のメカニズムに着想を得て省電力半導体の研究にも力を入れ、AIの進化とSDGsの両立を目指す。
「世界をより良く変えていく"カタリスト(触媒)"になる」。同社は企業としてのパーパス(存在意義)をこう定義する。気候変動のデータ分析や鉱物資源の探査など、SDGsの実現に向けてAIが貢献しうる領域は幅広い。技術力とともに、社会課題を解決するための発想力が試されている。
(編集委員 半沢二喜)
日本IBM・山口明夫社長「顧客企業とともに挑戦」
今のAIは、野球にたとえるとまだ一回表を迎えたぐらいで、これからまだまだ進化していくとみています。AIの進化は止められません。産業革命をもたらした蒸気機関は人の労働を超える力を持ちながら、人間をコントロールすることはありませんでした。AIも同じように、社会のためにどう活用するかを考えることが一番重要になります。
交通ルールや信号機もない時代に、自動車が登場したようなものです。便利だからと乗り回していては事故につながりかねません。法律と倫理が必要です。アルゴリズムを公開したり、ガバナンスが働いているかどうかを技術でチェックしたりすることも大切だと思います。
AIなどのテクノロジーは冷たいイメージを持たれがちですが、本来は温かいものだと思っています。難病情報照会AIは病名がわかるまで何年も費やしてきた方にとって救いとなることを願っています。また、AIは働く人々をたいへんな仕事から解放し、創造的に時間を使えるようにすることもできます。
4月1日の入社式で、よりよい社会をつくることが企業の存在意義なのだと新入社員に呼びかけました。私たちのパーパスはSDGsを達成するためにあるのだと考えています。
日本は今、歴史的な転換点にあり、企業もリスクを取って攻めることが重要になっています。「IT(情報技術)後進国」といわれますが、技術を後追いしていてはもったいないでしょう。5年後、10年後の技術の進化を予測し、そこからバックキャストして、あるべきシステムやビジネスモデルを考えていく。当社は様々な情報や技術を提供し、顧客企業とともに挑戦していきたいと思います。
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