名古屋市内にある中村社寺の建築現場(写真=堀勝志古)

「なぜ続いてきたのかといえば、基本はルールの上で成り立ってきた商売であることが大きいが、同時に社会のさまざまな変化に対応してきたからだと思う」。甲府市の繁華街に本社を置く朱宮神仏具店の朱宮英史社長は自社の歩みについてこう話す。

同社は2024年、創業1000年を迎えた。社内に創業期を伝える文物は残っていないが、平安時代の1024年に奈良で事業が始まったと代々伝わってきた。拠点を愛知、静岡と移し、明治時代の1880年に甲府で神仏具の販売を開始。甲府に店を開いたのは1903年だった。現在、山梨県内に2カ所の支店があり、社員は14人いる。一般向けの仏壇や神棚を扱うと同時に全国の寺に仏具などを納める。

1000年記念の年に当たるが、イベントなどは特に予定していないという。「付き合いのある寺は当社よりも歴史のあるところもあるし、何よりもお客様があって続いてきた」(朱宮社長)という考えのためだ。むしろ積極的なのは将来に向けて手を打つこと。人口減少が進み寺院数は減少する中、仏具や仏画などを海外に向けて美術品や調度品として販売する電子商取引(EC)サイトづくりなどに力を入れる。

甲府市の朱宮神仏具店の本社(写真=栗原克己)
朱宮神仏具店の朱宮英史社長(写真=栗原克己)

全国に十数社

日本は有数の老舗大国として知られるが、創業1000年超と伝わる会社は限られる。老舗やファミリービジネスの経営に詳しい日本経済大学大学院の後藤俊夫特任教授によると、創業1000年を超えるとする企業は国内に十数社ある。

国内最古とされるのが、大阪市で社寺建築を手掛ける金剛組だ。飛鳥時代の578年の創業とされ、1400年以上の歴史を持つ。業種別には1000年超とする会社は705年創業の慶雲館(山梨県早川町)、奈良時代の717年創業とされる古まん(兵庫県豊岡市)など温泉旅館が多いが、鋳物メーカーの五位堂工業(奈良県香芝市)のように製造業や和菓子製造のあぶり餅一和(京都市)なども含まれる。創業期についてはわずかなエピソードだけが残るところが大半だ。

一定の状態を保ち続けようとする「恒常性」

こうした「超長寿企業」の特徴について、『千年企業の経営』の著書がある米ハワイ大学の伊藤清彦教授は「長寿の要因を突き詰めれば、一つひとつの要因には真新しいことはあまり見当たらないが、現代のビジネススクールで一般に教えられていることとは逆の方向を向いた事項も多い」と指摘する。

ハワイ大学の伊藤清彦教授

伊藤教授によると、超長寿企業はグローバル化するのでなくむしろ地域密着型で規模の経済に頼らない体質があり、一定の状態を保ち続けようとする「恒常性」がある。このため、数人から社員100人ほどまでが多く、細く長く事業を続けながら今に至っている。数百年以上前に得た先行者の優位を生かしながら、伝統的な商品やサービスを提供しているところが目立つ。

長い業歴を持つためその間、一貫して経営が安定していたと思われがちだが、実際には経営環境の変化の中、さまざまな困難を乗り越えて存続している。

愛知県一宮市に本社を置く中村社寺は創業家が平安時代の970年に京都から移り住み、堂営建築を手掛けるようになったと伝わる。木造の伝統工法に強みがあり、全国で神社や寺の建築などを行ってきた。

同社は戦後、住宅や公共事業など一般建設も手掛けた。しかし、景気後退や公共事業の減少によって経営が厳しくなり、2007年に高松コンストラクショングループ入りを選択。06年に先に同グループ入りした金剛組の子会社になった。商社出身の加藤雅康社長は創業家の長女との結婚を契機に同社に入社した。再生時に中心メンバーとして活動。原点回帰して事業を社寺建築に集中させた。「施工までにはお寺に何年も通い、できてからも付き合いがずっと続く。本当に息の長い仕事だ」と話す。

中村社寺の加藤雅康社長(写真=堀勝志古)

実際の姿から学ぶ

注目すべきはこのところ、こうした1000年企業をはじめとする長寿企業から事業を存続させるヒントを学ぼうという動きがさまざまな形で広がっていることだ。後藤特任教授が代表理事を務める100年経営研究機構(東京・渋谷)は創業1000年超という企業の経営者をはじめ、老舗企業の経営者を集めたセミナーなどを開催しており、集客はここ数年で倍増している。

関心は海外にも広がり、中国をはじめ台湾、韓国などの経営者が1000年企業をはじめとした日本の老舗をバスで回るツアーが毎週何便も組まれる。1回の人数は20〜40人ほどで、創業1000年超とされる旅館に宿泊するツアーもあり人気を集める。欧米からの注目も高まり、山中にある創業1000年超の旅館に成田空港や羽田空港からタクシーで直接やってくる富裕層もいるという。

100年経営研究機構のセミナーの様子

経営学などの研究者も注目し、日本の長寿企業の研究書がドイツや中国などで出版されたほか、欧州最大規模の経営学会は24年の中心テーマの一つが企業の長寿性とするなど「それまでに考えられない状況」(後藤特任教授)。最近は欧米の著名な研究者の1000年企業の訪問も増えている。

関心の高まりについて、伊藤教授は「1000年企業はどうすれば超長期間生き残れるのかという答えを現実的、具体的に示す。その知見は特に起業家やファミリービジネスの後継者に事業の継続性などの面からヒントをもたらすが、それだけでなく受け手側の立場や目指す目標によって多様な生かし方が考えられるだろう」と話している。

(日経ビジネス 中沢康彦)

[日経ビジネス電子版 2024年7月30日の記事を再構成]

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