――7月26日に上場しました。タイミーと創業者である小川さんにとってどのような意味を持ちますか。
「多くの人に支えられ、創業6年で上場できたことは非常に喜ばしいですね。上場は、自分たちが作り上げた『スポットワーク』が働き方の新たな常識であることを示す象徴になります。『タイミー(Timee)』が異端ではなく、王道のサービスとして認められた瞬間ではないでしょうか。企業側にも採用手段の一つとして頼れる存在だと認識してもらえると期待していますし、そうなれるように進化させていきたいですね」
「約2年前、上場を目指して準備を進めていました。ただ当時は赤字で業績が伴っていなかったので、基盤が整ってから上場しようと延期しました。恥ずかしながら、当時は『最年少上場』に意味があると思っていたのです」
「ただ、それは個人の考えでしかない。資本市場からすると年齢よりも業績が伴っているほうが大事です。俯瞰(ふかん)して考えた時に、年齢に関係なく日本を代表する経営者になりたいと思いました。2年間、切磋琢磨(せっさたくま)して黒字化し、自信を持っての上場になりました」
――黒字化に向けてどのようなことに取り組んだのでしょうか。
「2年前は新型コロナウイルス禍が明けるかどうかという状況でした。飲食業が利用企業の過半を占めていましたが、コロナ禍で運営できなくなった。特定の業界の景気に経営が左右されるのは危険です。事業体制を安定させるため、物流や小売り、宿泊業にもサービスを広げることに注力しました」
「ここまでサービスが定着した背景には、採用手段の変化もあると思います。今の求人サイトは人手が余っていた時代にできたもの。履歴書を出し、面接会場まで赴くという企業目線のサービスです」
「人手不足の今は、働き手に寄り添ったサービスが求められている。タイミーは面接も履歴書も必要ないし、すぐに給料が振り込まれます。求人媒体に掲載するよりもタイミーに出したほうが人が集まるようになり、スポットワーク市場が成長しているのだと考えています」
無断欠勤率は0.2%
「企業側も、面接すらしていない人が突然現場に入るのは不安です。だからこそ、企業と利用者が相互評価する仕組みを導入しました。無断欠勤率が1%を超えている時期もありましたが、何度も働きたいというリピーターが増え、直近は0.2%ほどになっています」
「業務マニュアルの作成も重要です。企業がスポットワークを利用するためには、従来のマルチタスク型から分業型に業務の形を変えなくてはなりません」
「どの業務ならタイミーワーカーに任せられるか。現場に足を運んで、業務の切り分けやマニュアル作りを支援することで、初めて来た人が働ける環境を整える必要があります。我々の従業員の5割がこの役割を担っています」
――タイミーが普及した背景には、働く側の変化もありそうです。
「2023年の労働力人口は約6900万人。タイミー利用者は約770万人ですからその10%以上が利用するサービスです。学生への浸透率が高く、主婦層やシニア層、会社員の副業にも広がっています」
「在宅勤務が浸透して移動時間が短くなり、隙間時間ができやすくなったという時代背景は大きいですね。タイミーには『ちょっと暇だな』と思ったときに、『人気のあの店で働いてみようかな』と好奇心をくすぐる環境があります」
「お金を稼ぎたいという人もいますが、好きな職業を体験したいという人もいます。人生100年時代、転職市場が盛り上がり、本当に自分がやりたい仕事を考える機会の創出にもなっています。本業だけではなく、色々なことを体験するために、重い腰を動かしやすくなった。そういう時代の流れにフィットしたのだと思います」
10万社導入、シニアの活用も
「24年2月時点で10万社近くの企業が導入していますが、大手チェーンから中小企業、個人店まで規模は様々です。大企業の場合、大事なのは利用目的を明確にすること。例えば社員の長時間残業を減らし、労働環境を変えるためにタイミーを使う場合もあれば、採用コストを下げるために使う場合もあります。企業ごとの課題を見極めて、効果の検証を繰り返す。担当者が企業側と毎月打ち合わせをして、経過や来店客の満足度への影響などを突き合わせています」
――60代以上の利用率は全体の3%(23年12月時点)ですが、シニア層の活用はいかがでしょうか。
「増加率は高いですね。アプリで働くサービスなので、若年層向けのイメージが強かったのですが、IT(情報技術)サービスが浸透し、リテラシーも上がってきているからでしょう」
「私の70代の祖父も使っていて、ガソリンスタンドや飲食店で週2回ほど働いています。最初は全く使ってくれず、普通のアルバイトをしていたのですが、『孫が作っているんだから使ってよ』と言って、無理やりダウンロードさせました(笑)」
「身分証のアップロードなど最初の手続きが面倒だっただけで、実際に使ってみると『また来てください』と感謝されてうれしかったようです。どんどんはまっていきました。シニアの人が1人で始めるのはやや難しいかもしれませんが、始めてしまえば意外とすんなり活用できると思います」
正社員登用の入り口に
――「2024年問題」を抱える物流業界でも需要がありそうです。
「我々に何かできるのか、物流各社の経営陣と話し合いました。トラックドライバーの負担軽減のために荷役分離が求められています。例えば早朝、倉庫での荷下ろしの際にタイミーワーカーが入ってドライバーの補助をしています。ドライバーは運転に集中できるようになりますし、労働時間も削減できます」
「運送各社はドライバーの採用でも悩みがあります。タイミーではドライバー業務の求人は出していませんが、助手席でドライバーを補助する『横乗り』はありますし、ドライバー志望の人向けに体験会を開いたりもしています」
――正社員登用のきっかけにもなると。
「運送業に限らず正社員を採れなくて悩んでいる企業は増えており、正社員をあっせんする橋渡し役は非常に重要になっています。正社員になることだけが正しいわけではないですが、なりたくてもなれない人を救う道をつくりたいと思い、24年2月に新規事業『タイミーキャリアプラス』を立ち上げました」
「キャリア形成や正社員になる支援をする事業です。タイミーで働いた履歴がどんどんたまり、経歴書代わりになることで転職に有利になる。『大企業で働くのは無理』と思っていた人が、タイミー上の履歴を見た大企業からオファーがあり、就職した例もあります」
「自分には強みがないと思っていた人であっても、タイミーで働いたことが武器の一つになる。学歴や実績だけではなく、勤務態度などを可視化することに価値があると思っています」
――メルカリやリクルートなど、スポットワーク市場に参入する企業が増えています。どう差異化を図りますか。
「スポットワークのサービスは求人の案件数を集めることが最も重要です。利用者は案件数が多いアプリから開きます。タイミーは他のサービスに比べて何倍も案件がありますから、最初に開くアプリの地位を既に確立している点は強みといえます」
「質の高いワーカーが集まりやすくするために評価制度を厳しくしたり、スキルや実績を可視化する『バッジ機能』を追加したりしました。バッジを持っていると待遇がよくなったり、いい案件がもらいやすくなったりします。タイミーで厳しい評価を受けた人は他のサービスに流れていくため、結果的にタイミーに優秀な人が残りやすくなるのです」
「企業としては労務リスクの観点からも複数サービスの利用は大変です。例えば労働時間。休憩せずに働くリスクを避けるため、タイミーでは1日1回しか働けません。法定労働時間を超える勤務を防止するため、週39時間を超える募集への申し込みも制限しています」
「もう一つは保険や税金。例えば、1つの企業で月8万8000円以上を稼ぐと健康保険や厚生年金に加入する義務が発生します。タイミーはこれらを超えないように制限する機能を設けていますが、利用者が複数アプリを使っていたら企業が把握するのは難しい。例えばAさんがタイミーと別のアプリを使ってB社で月5万円ずつ稼いだ場合、月収10万円で8万8000円を超えるので、B社は社会保険の加入手続きをしなくてはいけません」
「ただAさんの収入を把握するためには、名前や年齢、身分証などから同一人物であることを確認しないといけない。人事担当者の手続きが増え、会社負担の金額も膨れ上がります。リスク回避のためにも、労務回りを徹底しているタイミーしか使わないでしょう」
海外進出も視野、M&Aも
――海外展開は考えていますか。
「日本と同じ少子高齢化で人手不足であるという点で、我々のサービスは韓国や台湾での親和性が高く参入余地が大きいでしょう。まだいつ進出すると具体的に決めているわけではありませんが、現地には類似サービスを提供する小さい会社が点在しており、M&A(合併・買収)も選択肢の一つです」
「自分たちで立ち上げるよりも、『韓国版タイミー』を買ったほうがいいとなるかもしれない。上場してスピード感が落ちるのではなく、さらに高めるためにも、M&Aは積極的に仕掛けていきたいですね」
――若くして起業、上場を果たしましたが、力の源は何ですか。
「日本をよくしたいという思いが強いです。失われた30年といわれている中で、これから日本をつくっていく世代が頑張らないといけないと思っています」
「起業家として、日本経済の成長に寄与したい。この年齢で上場というチケットを手に入れたからには、相応の成果を出さないといけないと思っていますし、上場企業社長としての新たな旅が始まると思っています」
(日経ビジネス 熊野信一郎)
[日経ビジネス電子版 2024年8月2日の記事を再構成]
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