「まさに伊藤忠らしい文章だなと思う」。9月上旬、X(旧ツイッター)にとある書類が流出し、商社業界からはこのような声が上がった。
書類の表題は「年収水準見直しについて」。文章の最後には伊藤忠商事の会長最高経営責任者(CEO)である「岡藤正広」氏の名前がある。伊藤忠の広報部は「書類は当社のもので間違いない。流出したのは誠に遺憾だ。労働組合との交渉中の案件なので詳細は差し控える」とコメントしている。
「ここ数年の資源価格高騰による財閥系商社の好業績の結果、給与水準は大きく伸長したことで当社との給与差が目立つようになってきました」「来期以降の処遇を大きく改善し財閥系商社に負けない水準の制度に改訂することを目的に決定しました」
書類にはこのように書かれており、岡藤氏の財閥系商社である三菱商事・三井物産に対する対抗心の強さがうかがえる。
実際、3社の給与水準はどうなのか。3社はいずれも業績連動報酬を一部に採用しているので業績によって上下する。有価証券報告書の平均年間給与によると、わずか数年前の2022年3月期にはトップだった伊藤忠だが、直近の24年3月期は約1753万円。これに対して三菱商事は約2090万円、三井物産は約1899万円と100万円以上上回っている。三菱商事に至っては2000万円の大台を超えたとあって一時はSNS上で話題となっていた。
このような状況に対し、今回、岡藤氏が打とうとしているのが①自社株式を通じた株式報酬の拡大を図る②固定給の引き上げを行う③力を発揮する社員には変動給にてより一段と報い、業界トップの報酬を支給する――という3つの策だ。
改定後、伊藤忠が25年3月期の業績見通しとして掲げる連結純利益8800億円を達成した場合、社員の平均年収は前年比で10%上昇する。そして個人の成績評価次第ではあるものの、部長級では最高4110万円、課長級では最高3620万円、担当者では最高2500万円という「日本経済界でも突出した高給」となるという。
さらに文章にはわざわざ「当然の事ながら三菱商事及び三井物産の計画値と同じ業績を達成した場合には、両社と同水準になります」とも付け加えられている。
「追いつけ追い越せ」
伊藤忠はかつて5大商社の中で「万年4位」といわれていた。状況を打破したのが10年、社長に就任した岡藤氏だ。まずは「商社3位」、次に「非資源ナンバーワン」と背伸びすれば届きそうな目標を設定し、それをクリアすることで成功体験を積み重ねてきた。16年3月期には連結純利益で首位に、21年3月期には連結純利益だけでなく、株価と時価総額でも首位になって「3冠」を達成した。
ただ、最近ではロシアによるウクライナ侵略後、石炭や天然ガスなどの資源価格が一時高騰。足元では落ち着きを取り戻してはいるものの、商社の資源ビジネスは堅調に推移している。資源ビジネスの比率が比較的大きい三菱商事・三井物産は連結純利益で1兆円を超えた期がある一方、比率が2〜3割にとどまる伊藤忠は後塵(こうじん)を拝している。岡藤氏も「しばらくは我慢の時期」と話していた。
「働いても働かんでも、そこそこもらえたら誰も仕事せん。もっとお金に差をつけて闘争本能を刺激せなあかん」
以前のインタビューで、このように話していた岡藤氏。今回も「財閥系商社との格差を埋めることを優先しました」「追いつけ追い越せの気持ちで頑張ってもらいたいと思います」と社内にハッパをかける。三菱商事・三井物産が連結純利益1兆円という大台を達成して先行する中、「うちもすぐに追いついてやるぞ」という覚悟の賃上げに違いない。
(日経ビジネス 高城裕太)
[日経ビジネス電子版 2024年9月9日の記事を再構成]
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