午後3時→午後3時半 70年ぶり変更

最初は少し違和感がありました。

いつもの東証アローズだと午後3時ちょうどにあわせて荘厳な音が響き渡り、取り引きが終了。

目まぐるしく変化していた日経平均株価や構成銘柄の株価も止まり、確定した終値が表示されます。

しかし11月5日は午後3時を過ぎても株価を表示するボードは赤や緑が点滅、株価は激しく動き続けていました。

この日、東証の取引時間は午後3時だった終了時間が午後3時半まで延長されたのです。

終了時間の延長は1954年以来、70年ぶりです。

取引時間は午前の2時間半、午後の2時間半の計5時間だったのが計5時間半となりました。

東証の近くにある岩井コスモ証券に行ってみました。

ここの営業オフィスでは従業員が午後3時まで顧客から売買注文を受け付け、その後は成立した注文の確認や翌日以降の相場の見通しを顧客に伝える時間にあてていたそうです。

ところがこの日は午後3時を過ぎても電話が鳴りやまず、顧客から株の売買の注文が断続的に寄せられ、従業員が慌ただしく対応していました。

あわせて始まる「クロージング・オークション」にも注目しました。

大引け直前に大量の注文が集中して株価の変動が大きくなる傾向があったため、取引終了前の5分間は売買を成立させず注文だけを受ける仕組みを東証が導入したのです。

この証券会社の端末で精密機器メーカー「コニカミノルタ」の株価の動きを追ってみました。

午後3時25分になると株価がピタリと停止。

一方、どの価格にどれくらいの注文が入っているか示す「板情報」には売買の注文がしきりに寄せられていました。

そして午後3時半になると一斉に注文の突き合わせが行われ、株価は10円以上値上がりして終値が確定しました。

証券会社によるとこの精密機器メーカーは、午前中に業績予想の修正などを発表したことが材料となり、活発な売買が行われていたということです。

変わるか 企業の決算発表

『節目の時間』が変わったことでとくに注目されているのが企業の情報開示、とりわけ投資家にとって最大の取引材料とも言える決算発表です。

企業の決算発表は午後3時の取引終了後に発表する企業が圧倒的に多いのが現状です。

ちなみに企業関係者の間では証券取引所の取り引きが終了することを「場が引ける」と言うほか、午後3時より前は「場中」、午後3時よりあとは「引け後」と言います。

東証の調査では2024年3月期決算の企業のうち「引け後」に決算を発表したのは79.4%にのぼります。

取引時間中に決算を発表するとそれが材料となり、十分に情報を読み込めていない投資家の取り引きによって株価が大きく変動することを企業が懸念しているためではないかと指摘されています。

だとすれば、取引時間の延長によって「引け後の決算発表」は単純にうしろにずれて午後3時半以降となるのでしょうか。

実は東証は今回の時間延長にあたって上場企業にある要請を行ってきました。

「決算発表を単純に後ろにずらすのではなく、前倒し=つまり場中に発表することを含めて柔軟に対応するよう検討してほしい」ー決算などの重要情報は決まりしだい速やかに開示するという原則があり、それに沿うべきだというのです。

取り引き時間中の発表を決めた企業は

東証の呼びかけに企業はどう対応するのでしょうか。

大手素材メーカーのAGCは、東証からの要請を受けてことしから決算の発表時間を2時間早めて、場中の午後1時に前倒ししています。

前倒しを決めた理由は、決算発表だけでなく記者会見、証券アナリスト向け説明会のスタートを早められるからです。

決算のオンライン記者会見

各社の決算発表はおおむね同じ時期、同じ時間に集中しがちです。

そのため同業他社の会見や説明会と時間帯がずれることで記者や証券アナリストの出席者が増え、企業情報を広く発信できると考えたのです。

ただ懸念もあるといいます。

やはり発表当日に株価が乱高下するというのです。

実際ことし5月8日の午後1時に1月から3月までの四半期決算を発表したところ、わずか5分ほどで株価は一気に300円あまり、率にして5%超の急落となりました。

その後も売り注文が膨らみ、当日の終値は5244円と前日と比べて592円の値下がりとなりました。

ロシア事業からの撤退に伴って350億円あまりの損失を計上したことが響き、最終的な損益が赤字に落ち込んだことに投資家が反応し、売り注文が膨らんだと会社はみています。

ただ、株価は翌日から3営業日連続で上昇し400円以上回復しました。

会社では翌日以降の記事や証券アナリストのリポートなどを受けて投資家が冷静に判断した結果、買い戻しの動きが広がったとみています。

AGC 小川知香子 広報・IR部長
「大幅な下落となった5月8日は、IR担当としては非常にドギマギした。ただ、翌日以降は買い戻しが広がり、取り引き時間中に発表しても株価の絶対値にそれほどの悪影響は出ないということを学んだ。記者会見や証券アナリスト向けの説明会は、参加者が増えて質疑応答も活発になり、会社が届けられる情報の質が上がっている。発表時間の前倒しに踏み切ってよかったと思っている」

前倒し発表は一部か

しかしこの会社のように決算発表を前倒しする動きは今のところ一部に限られそうです。

東証は、3月期決算の上場企業で最初の3か月間の決算=第1四半期決算を取引時間が終了してから午後3時半より前に発表していたおよそ800社を対象に「11月5日以降、中間決算を何時に発表するか」を調べました。

その結果、▽発表時間を前倒しして午後3時より前にするところが5%あまり、▽発表時間を変えないところが40%あまり、▽発表時間を午後3時半以降にするところが30%あまりだったということです。

私たちの取材でも、決算発表の前倒しには慎重な姿勢の企業が多いように感じました。

ある企業のIR部門の担当者は「決算発表の時間を前倒ししようとすると、それにともなって決算を承認する取締役会の時間を早めることなどが必要となってくるため対応が難しい。また投資家には取引終了後(引け後)に決算に冷静に向き合ってほしいのが本音だ」と話していました。

決算の発表にはさまざまな社内手続きや膨大な準備が伴います。

ただ発表を前倒しすればいいという問題でもないようです。

東証の制度改革に詳しい大和総研 政策調査部の神尾篤史 主任研究員は、決算など投資家にとって重要な情報は決定しだい速やかに開示するのが大原則だと指摘したうえで、取引時間中に発表する場合には、投資家への説明をより丁寧に行う必要があるといいます。

大和総研 政策調査部 神尾篤史 主任研究員
「企業としては決算で売り上げや利益などの数字の背景についての説明をきちんと行ったうえで投資の判断に結び付けてもらった方がいいと思う。取引時間中に決算を開示するのであれば、その数字と一緒に業績の変動の要因や会社の考え方を近い時間帯で出していくことが求められる。企業側には、開示情報の内容やタイミングを適切にマネジメントしていくことが必要だ」

証券会社の関係者からは単純に取引時間を延長するだけで取り引きの活性化につながるか疑問視する声も少なくありません。

決算発表を早めることも含め、上場企業は事業の取り組み状況や今後の方針、将来ビジョンをどのように伝えていくか。

たかが30分、されど30分。

「売りか買いか」という投資家のジャッジにさらされる時間が長くなることで、日本企業の情報開示の変革が進んでいくのかをウォッチしていきたいと思います。

注目予定

(11月5日「ニュース7」で放送)

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