身構えていた市場
中央銀行のトップの発言機会は、投資家が今後の為替相場の動きを読む上で最大の関心を払います。
植田総裁のその貴重な機会が、今週は何と2度も設けられました。
18日の名古屋での金融経済懇談会、そして21日のフランス大使館での講演です。
この機会に次の利上げが12月なのかそれとも1月なのか何かしらメッセージが出るのでは?市場がこう見ていたことは円相場の値動きから見てとれます。
外国為替市場ではアメリカ大統領選挙でトランプ氏が勝利したことを受けて、急ピッチで円安ドル高が進み、一時1ドル=157円目前まで円安が進んでいました。
しかし植田総裁の2度の発言機会を前に15日の海外市場では一転して1ドル=153円台まで円を買い戻す動きが広がりました。
植田総裁の口から早期利上げの可能性が示されるのではと一部で観測が広がったとみられています。
最初の機会はヒントなし?
日銀の植田総裁をめぐるマーケットのおおかたの反応は
日銀利上げあり(ありそう)=円を買う(円高)、
日銀利上げなし(なさそう)=円を売る(円安)です。
最初の発言の機会となったのは18日の名古屋での金融経済懇談会。
毎年、10月の金融政策決定会合のあとのこの時期に開かれるのが通例となっています。
今後の経済と物価の見通しを示す「展望レポート」を10月の会合で示したあと、市場によりこまやかに日銀としての見方を示すことができる機会として受け止められています。
午前10時から始まった植田総裁の講演は、ライブで配信され、10時5分には日銀のホームページ上でテキストが公開されました。
「日本銀行の植田でございます」で始まったその講演の内容を多くの投資家が一言一言、追いかけていたと思います。
総裁の講演内容はこうでした。
利上げについては「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」「経済や物価の改善にあわせて、金融緩和の度合いを少しずつ調整していくことは息の長い成長を支える」と述べ、これまでどおりその意義を強調しました。
一方で市場の最大の関心事、次の利上げのタイミングについては「先行きの経済・物価・金融情勢次第」「毎回の金融政策決定会合ではその時点で利用可能なデータや情報などから経済・物価の現状評価や見通しをアップデートしながら判断していく方針だ」と述べるにとどまりました。
「あると思っていた次の利上げに向けたメッセージはない」
市場の受け止めは「肩透かし」と言ってもいいものでした。
外国為替市場では総裁の発言から日銀は早期の追加利上げには踏み切らないのではないかという見方が広がり、講演の直前に1ドル=153円台で取引されていた円相場は、1ドル=155円台まで円安が進みました。
アメリカ経済になお慎重な見方
植田総裁は講演のなかで「米国をはじめとする海外経済の展開などを十分注視する必要がある」と強調しました。
アメリカではこれまでの利上げが時間差で経済を押し下げるリスクと、インフレが再燃するリスクとを双方指摘しました。
アメリカではトランプ氏が次期大統領に選ばれ、共和党が連邦議会の上下両院も制する「トリプルレッド」の状況になっています。
金融市場ではトランプ氏が掲げてきた関税政策や積極的な財政政策を進めやすくなったという観測が拡大しています。
一方で植田総裁は講演のあとの記者会見では国内経済について利上げできる環境にあるか問われた際には次のように述べました。
10月の価格改定期にサービス価格にも上昇の動きが見られるが、国内については少なくとも再利上げできる環境が整っているのではないか?
日銀 植田総裁
「もちろん前進はみられていると思う。全国のCPI(消費者物価指数)が今週後半に発表されるので、それをみたいと思う。東京について出た10月のデータは、ある程度サービス価格への転嫁が進んでいると判断している」
ただ、経済・物価がオントラック=見通しどおりに推移したとしても毎回利上げをしていくということではないと述べた上で、「前回、追加利上げをしたことし7月時点と比べてどれくらいオントラックの度合いが上方修正されたのかを毎回の決定会合で確認しながら進んでいくということだ」としました。
国内経済の環境は前向きに動いているものの、海外経済などのリスクはギリギリまで見極めたい、というところでしょうか。
結局12月に利上げをする可能性があるのかどうか、この日ははっきりとしたメッセージは感じ取れませんでした。
2度目の正直は?
21日には都内で開かれたイベントに参加した植田総裁。
このなかで利上げについて「次回(12月)の会合での結論を予期するのは不可能だ」と発言し、現時点で政策の方向性は決めていないという考えを示しました。
この発言に市場関係者は反応。
これまでの発言から大きな変化があったわけではなかったものの、一部の投資家が「これは12月に利上げがあるのではないか…」と受け止めて円を買い、これに連動する投資家もいて円相場は一時1ドル155円台から154円台へと円高が進みました。
しかし、植田総裁の「会合まで1か月ほどある」とか「次の会合まで多くの経済データが出てくる」といった発言から、利上げに慎重なのではないかと読み解く投資家もいたとみられ、しばらくすると円を売る動きが次第に増え、再び155円台に戻るなど荒い値動きになりました。
日銀ウォッチャーも見方分かれる
こうした一連の総裁の発言をどのようにみたのか。
▽12月の利上げを予測するUBS証券の足立正道チーフエコノミストは…
UBS証券 足立正道チーフエコノミスト
「今回の植田総裁のメッセージは12月の会合で利上げに関するコミットはなく、慎重なスタンスだったように思う。ただ、日銀はすでに2025年に向けた賃金ダイナミクス(上昇の動き)がポジティブ(前向きに)に展開していることを認識しており、何らかの理由で予期せぬ市場の混乱が起こらないかぎりは、日銀が12月に利上げをするという見方だ」
▽一方、1月の利上げを予測するSMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストは…
SMBC日興証券 丸山義正チーフマーケットエコノミスト
「植田総裁がアメリカ経済に関して丁寧に点検と論じたことは日本銀行が追加利上げを急いでないことの証左だ。円安が進行しないかぎりは基本的には1月に利上げするのがメインシナリオだと思う」
たしかにまだ1か月。
この先、経済がどう動くのかわからない中で、利上げするかどうかの判断を下すのは難しいのかも知れません。
ただ、日銀が政策に込める思いと市場の受け止めにズレがあった場合にどんなことが起きるのか。
それは株価が記録的な乱高下となった前回の追加利上げの直後(8月上旬)を振り返るとすぐにわかります。
市場は「日銀は前回の追加利上げ時のコミュニケーションに課題があったと反省しているだろう。次の利上げのときは、あらかじめ“やるぞ”というメッセージを発信してくるのではないか」と見ています。
だからこそ、1か月前とはいえ植田総裁が公の場で2度も発言するという今週に市場は注目し、何か出てくるのではないかと身構えていたのです。
肩透かしに終わったものの、市場が敏感になっている状態はむしろ強まったようにもみえる金融市場。
年内のさらなる利上げはあるのか。
来週も雇用、物価と重要な経済指標が続きます。
注目予定
(11月18日「全国ニュース」で放送)
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