11月5日の米大統領選挙において、トランプ前大統領が当選した。激戦州7州を僅差とはいえ全て押さえたうえ、選挙人の数で民主党のハリス副大統領を圧倒した。また、民主党が強い州においてトランプ氏への投票が増えたこともあり、総得票数でもハリス氏を上回った。上下両院も合わせ、共和党が圧勝した選挙であることは間違いない。

国際社会へのインパクト

トランプ氏が勝利したことで、これからの国際秩序のあり方に対する不安が強まっている。第1期目のトランプ政権では、自由貿易をはじめとする既存の国際秩序を定めたルールはアメリカの利益に反するとして、それらを無視することを厭わなかった。アメリカに負担の大きい同盟関係を軽視し、他国により多くの負担をすることを求め、人権や環境問題といった国際的な規範についても、ちゅうちょなくあらがう政策をとった。こうしたトランプ政権が再び戻ってくることに対し、安全保障や経済分野での日米韓3カ国協力を制度化したり、第29回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP29)において気候変動に関する資金提供でアメリカの関与(コミットメント)を定めたりするなど、国際社会は何とかして次期トランプ政権の政策の方向性を絞り込もうと努力をしているが、実際にトランプ氏が大統領に就任すれば、これらの制度や約束事も無視される可能性がある。

また、トランプ氏の選挙キャンペーン中の発言や人事を見ても明らかなように、第2期トランプ政権は第1期以上に中国に対して敵対的な姿勢をとることが想定される。トランプ氏はバイデン政権との違いを際立たせるために、バイデン時代に進められた半導体輸出規制などに加え、他の技術分野(例えばバイオ技術など)においても輸出規制を強化することで技術流出を妨げるようなことを目指すであろう。また、台湾に関しては、「アメリカから半導体技術を盗んだ」といった発言にみられるように、積極的に台湾を支持する立場をとっているわけではない。

米中対立の中でも、トランプ氏は特に関税を重視している。中国に対して一律60%の関税をかけるといった発言をするだけでなく、中国が台湾を侵攻するのであれば関税を200%にするなど、単なる自国産業の保護というよりは、他国に対する懲罰的な措置として関税を考えていることを示唆している。最終的に関税はアメリカの消費者が支払うことになるのだが、トランプ氏はそうした理解をしておらず、関税をかければ他国が関税分のコストを負担するものだと認識していることもうかがわせる。

対墨関税は日本企業にも影響

こうした関税政策は日米関係にどのような影響をもたらすのであろうか。関税はアメリカに輸入される品目にかけられるものであるから、アメリカとの貿易量が多い国ほど大きなインパクトがあるが、欧州連合(5611億ドル)、メキシコ(4800億ドル)、中国(4480億ドル)などと比べると、日本は1516億ドルと小さくはないが、大きいわけでもない。これは1980年代に日米貿易摩擦が激しいさなか、日本企業は日本からの「集中豪雨的」輸出が批判されたため、生産拠点をアメリカに移し、日本からの輸出を減らして現地生産を増やした結果である。そのため、トランプ政権の関税政策は日本にとって決定的な打撃とはなりにくく、日本企業は継続してアメリカ国内での生産を続けることになるだろう。

しかし、そこで問題になるのが、メキシコとの関係である。日本はアメリカ国内での生産を進めてきたが、その背景には、メキシコにおける現地生産でサプライチェーンを支えているという状況がある。90年代から米墨間の関税は実質ゼロとなっており、北米自由貿易協定(NAFTA)の成立によって、アメリカで生産する日本企業は関税なくメキシコで生産した部品や素材を輸入することが出来た。そのため、アメリカ国内でも競争力のある製品を作り続けることが出来たわけだが、トランプ政権は、2026年に見直しを迎える「米国・メキシコ・カナダ協定」(USMCA、旧NAFTA)で、メキシコとの自由貿易を大きく変更し、薬物の違法取引や犯罪者の越境を許し続ける限り、メキシコからの輸入に25%の関税をかけることを明らかにした。実際にそれを実行するかどうかは確かではないが、トランプ政権にとってメキシコとの自由貿易よりも薬物取引や不法移民の流入の方が大きな問題であると認識していることは間違いないであろう。

仮にトランプ政権がメキシコとの間に関税の壁を設けることになれば、現在アメリカで生産を続けている日本企業にとって大きな打撃となり、対米投資はより冷え込むであろう。これまで日本は最大の対米投資国であったが、それも今後どうなるかわからない。北米間の自由貿易が続くかどうかで、今後の日米関係のみならず、世界的な経済秩序のあり方が変わってくるものと思われる。

「弱い石破」「強いトランプ」

国際的なルールや規範よりもアメリカの利益を重視するトランプ氏にとって、外交を通じて政策の変更を求めることは容易ではない。特に、トランプ氏は不動産ビジネスで培った交渉術を自らの強みとしているが、その際に重要になってくるのは、交渉者が独力で交渉し、合意できるかどうかである。ホワイトハウスと上下両院のみならず、最高裁判所も自らに近い保守派で固めたトランプ氏にとって、大きな裁量をもって交渉に臨み、そこで合意されたものを実施することは第1期目よりも容易になるであろう。他方、日本は10月末の総選挙で連立与党が過半数を失い、少数与党の状況にある。さらに、石破茂首相は長い間、自民党の中でも非主流派の位置にあり、党内基盤も盤石というわけではない。これは第1期目のトランプ政権時代に安倍晋三首相(当時)が衆参両院で過半数を維持し、党内最大派閥である安倍派を背景に、政策の実行能力があった状態とは大きく異なっている。政治基盤の不安定な石破首相がトランプ氏と向き合い、交渉をすることは至難の業と言わざるを得ない。

しかも、トランプ氏は第1期目と異なり、第2期政権に向けてしっかりと準備してきている。歴代の大統領に比べても早い閣僚人事の公表や、北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長との面談など、今後の重点政策に関する人事や外交をすでに始めている。第1期目の際には共和党の重鎮や閣僚に依存していた分野の政策についても自ら指揮をとり、強いリーダーシップを発揮しようとしている。こうした状況の中で、石破首相がどのようにトランプ政権と対峙(たいじ)し、交渉していくのだろうか。少なくともはっきりしているのは、石破首相の立場は相当弱く、トランプ氏は非常に強いと言うことである。日本からの要望はおそらく顧みられることはなく、アメリカの利益を最優先した政策を推し進めるだろう。対中輸出規制の強化に参加して中国への圧力を強めることを日本に求めてくるだけでなく、日本製鉄のUSスチール買収計画にみられるように、アメリカの利益に抵触する問題があれば、対米外国投資委員会(CFIUS)のような経済安全保障の政策ツールを使って、日本をも敵対的な国家としてみなす可能性がある。

日本から見れば、中国が地経学的なリスクであるのと同様に、第2期トランプ政権のアメリカも地経学的なリスクとなることを意味する。こうした地経学リスクを避けるための経済安全保障政策を、日本がアメリカに対しても考え始める時が来たのである。

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