国連が定める「国際ヨガの日」の6月21日、日本を含む世界各地でヨガのイベントが催され、多くの人が参加した。記念日として定着してきたと言ってよさそうだ。この記念日を提案したのが、ヨガ発祥の地とされるインドのモディ首相。「グローバルサウスの盟主」と称されるインドを率い、ヨガの利用を含め外交面での存在感はなかなかのもの。では、国内でも盤石かというと、やや風向きに変化が…。(木原育子、宮畑譲)

◆6月21日「国際ヨガの日」の提唱者

 6月21日午前6時過ぎ、東京・築地本願寺。ヨガマットを手にしたヨギー(サンスクリット語で「ヨガをする人たち」)が続々と集まった。

天候はすぐれなかったが、多くの人が集まった「国際ヨガの日」のイベント=東京都中央区の築地本願寺で

 受付では、「国際ヨガの日」と英語で書かれたロゴ入りのオリジナルTシャツや、水が無料でもらえるとあって長蛇の列。早朝にもかかわらず、約1700人が集まった。  実はこの数日前、記者(木原)のもとに、インド大使館と交流が深いヨガ関係者から突然メールが届いた。「『新聞ヨガ』読んでいますよ」  ヨガインストラクターでもある記者が新聞紙を活用したヨガを伝える連載企画(昨年11月〜今年6月)について、おののくほどべた褒めされた。そして「イベントに参加しませんか」と誘われたのだった。  イベントへの熱の入れようは、参加者の顔ぶれにも表れていた。

◆築地本願寺でのイベントには駐日インド大使の姿も

 開始前には在日インド大使館のシビ・ジョージ大使を中心に、築地本願寺の木村共宏・副宗務長や日本のヨガ団体のトップらが壇上に集まり、ミス・ワールド・ジャパンの女性らが脇を固める形で記念撮影。

連載した「新聞ヨガ」で紹介した「ウッティタ トリコナーサナ」

 午前7時の開始後、関係者のあいさつが続き、日本側も森雅子参院議員(元法相)が登壇。「真の世界の平和を」とスピーチした。ただ、参加者多数でオリジナルTシャツを受け取れない人が続出する中、「家からTシャツを着てきた」と明かし、会場に若干微妙な空気が流れた。  そうこうしているうちに雨が…。ヨガマットの上で傘を差すのはヨガ歴10年以上の記者も初めてだ。  約20分かけて一連のあいさつが終わり、インド大使館の専任ヨガ講師らが壇上で「呼吸を」と導いた。  傘を持ちながら両手を頭の上に掲げ、つま先立ちで体を上下に伸ばすターダーサナ(ヤシの木のポーズ)や、両手を左右に開いて体を倒し体側を伸ばすウッティタトリコナーサナ(三角のポーズ)などを実践。雨に打たれながら、インドの古代仏教建築を模した荘厳な築地本願寺の建物の前でポーズをとると、何だか本物のヨガ修業のよう。

千鳥ケ淵のほとりに立つガラス張りのインド大使館=東京都千代田区で、本社ヘリ「おおづる」から

 一方、インド大使も出席するため、会場周辺は至る所に警視庁SPの姿が。黒のスーツ姿の男性が目を光らせ、落ち着かなかった。

◆お土産のマンゴーに「ヨガ外交」の一端を見た

 ヨガ自体は20分で終了。帰り際「参加者にはマンゴーのお土産があります。誰もがより健康に、より幸せに…」とアナウンスがあると歓声が。「えっマンゴー?」「体によさそう」とヨギーの心をぐっとつかんだ様子。最後は皆、満足そうだった。  ヨガのソフトパワーを武器にしたインドの「ヨガ外交」の一端を見た今回のイベント。費用は誰が、どのくらい負担したのか。外務省南西アジア課の担当者は「このイベントに日本側は一切ノータッチ」。インド大使館の担当者は「外交機密費は使っていないが、その質問についてのお答えは難しい」と言葉を濁した。  「国際ヨガの日」を提唱したインドのモディ首相も6月21日、関連イベントに出席した。その開催地は、イスラム教が国教の隣国パキスタンと領有権を争うカシミール地方という微妙さ。そこで1万5000人の市民とヨガをし、大歓声で迎えられたという。

◆非エリートのたたき上げ

インド・オールドデリーの路上に飾られたモディ首相のポスター=6月17日(藤川大樹撮影)

 強力なリーダーシップや演説の巧みさで人気を得てきたモディ氏。庶民的な家庭の出身で、ヒンズー至上主義団体「民族義勇団(RSS)」を経て政界に入り、2014年、首相に上り詰めた。非エリートでたたき上げの経歴から「インドの田中角栄」と評する向きもある。ただ、その人気に微妙な影が差している。  4〜6月、インドで下院総選挙が実施された。有権者は約9億7000万人に上り、「世界最大の選挙」と言われた。結果は事前予想に反し、モディ氏率いる与党・インド人民党(BJP)が、前回5年前の303議席から240議席へと大幅に議席を減らし、単独過半数を割り込んだ。モディ氏の3期目は、地域政党との連立政権となった。

◆インド政治の流れが変わる?

 中京大の溜和敏教授(国際関係論)は「モディ氏の権力の源泉は、カリスマ的な人気と選挙に強いこと。その意味で『モディ神話』が崩壊したとは言える。モディ氏中心に展開していたインド政治の流れが変わる可能性はある」とみる。

イスラム教徒が多いインド・オールドデリーのジャマー・マスジット周辺=6月15日(藤川大樹撮影)

 インドの国内総生産(GDP)は伸びているが、高い失業率とインフレに悩んでいる。モディ氏は一部の大企業を優遇し、多くの人が経済成長の恩恵に浴していないとの指摘がある。また、ヒンズー至上主義を唱え、約2億人いるイスラム教徒への迫害を放置し、差別的な発言で憎悪感情をあおり、集票力を高めてきたとされる。  溜氏は「議席の数ほどBJPの得票率は減っていないが、モディ政権が結果的に他党の意見も聞かなければならなくなった。ブレーキのかかる絶妙な選挙結果になった」と分析する。

◆「モディでなければもっと負けていた」

 防衛大の伊藤融教授(南アジア研究)も「失業や物価高への批判があるのは確かだ。選挙結果には、権威主義的な政権運営への批判票もあったと考えられる」と指摘する。一方で「インドは国土が広く、州ごとに多様なので一様に語りにくい。モディ人気に陰りがあるのは確かだが、モディでなければもっと負けていたとも言える」と話す。  また「あからさまな野党への妨害など、選挙までのプロセスはめちゃくちゃだった」と苦言を呈しつつ、「それでも選挙自体の正統性は何とか保たれた。インドの市民社会、民主主義の強さを示したことは称賛に値する」と評価した。  有権者がモディ政権の独走に歯止めをかけた「民主主義の勝利」と言えるのだろうか。

◆「他党に配慮し穏健化」か「求心力保つため過激化」か

 モディ政権による「権威主義革命」を指摘する京都大の中溝和弥教授(南アジア地域研究)は総選挙の結果を受け、インドの政治が二つの方向に進む可能性があると言う。「良い方向としては、連立を組む他党に配慮し、政策が穏健化する。悪い方としては、追い込まれ、より過激化する。求心力を保つためにパキスタンに軍事衝突を仕掛けるシナリオもありうる」

日米豪印の「クアッド」首脳会合を前に記念写真に納まる(左から)オーストラリアのアルバニージー首相、バイデン米大統領、岸田首相、インドのモディ首相=2022年5月4日、首相官邸で

 インドは近年、日米豪との協力枠組み「クアッド」や主要新興国で構成する「BRICS」など幅広い枠組みに参画し、新興・途上国「グローバルサウス」の盟主として振る舞う。対中国を念頭にインドを重視する日本はどう付き合えばよいのか。  中溝氏は、これまで日本は人権面などでモディ政権の「不都合な真実」に目をつぶってきたとして、こう警鐘を鳴らす。  「大きな視点で見れば、日印関係は発展させていくべきだ。ただ、権威主義革命から目をそらし、今のインドを民主主義国家と称賛することは民主主義そのものの価値を落とすことになる」

◆デスクメモ

 インドは核保有国だ。1998年に地下核実験を行った際、日本政府はODAの円借款の新規供与を一時凍結した。今やそんな過去を忘れたかのような厚遇ぶりを示している。ヨガやマンゴーというエキゾチックでトロピカルなイメージでくくれないインドの姿を見つめる必要がある。(北) 

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