イギリス下院総選挙で与党保守党はなぜ大敗したのか。14年ぶりに政権奪取した労働党の課題は―。英国政治に詳しい名古屋大大学院法学研究科の武田宏子教授に聞いた。(聞き手・岩田仲弘)

 武田宏子(たけだ・ひろこ) 立教大卒。英シェフィールド大大学院社会科学学科修了、博士。専門は政治学、ジェンダー研究。

◆国民を顧みず党内抗争に明けくれ

 保守党の歴史的大敗は、自らが招いた政治不信の結果だといえる。

5日、首相として最後の演説をしたスナク首相=ロンドンの首相官邸前で(イギリス首相官邸公式サイトから)

 ジョンソン元首相率いる保守党は欧州連合(EU)離脱を掲げて2019年の総選挙で大勝したが、近年、不祥事が続き、政権担当能力に疑問の目が向けられていた。  けれども、関連企業に不適切な便宜供与をするロビー活動をした身内の下院議員を議会規則を変えてまで守ろうとした例が象徴的に示すように、保守党が適切に一連の問題に対応してきたとはいえない。  その上で、ジョンソン氏自身がコロナ禍での行動制限を破って開かれたパーティーに関連して議会で虚偽の発言をしたことを理由に辞任に追い込まれた。パーティー問題を通じて、有権者の保守党への信頼は著しく低下した。  この間、経済は低迷。トラス元政権が国民経済に大きなダメージを与えた後に成立したスナク前政権は、経済運営に努力し、懸案の物価高は、4月の物価上昇率が前年同月比2.3%上昇と改善の兆しを見せた。一方で、財政赤字は国内総生産(GDP)の97.9%に上り、公約に掲げた減税策などはとても実行できる状態ではなかった。

イギリス下院総選挙について話す名古屋大大学院の武田宏子教授=名古屋市千種区で

 14年間政権を担う中で、国民を顧みず党内抗争に明けくれ、経済に大きなダメージをもたらした政党には政権は任せられない、といった国民の怒りが沸騰したといえる。  EU離脱は現在、世論調査によると、国民の半数以上が失敗だったと考えている。国民の間で不法移民が多いという懸念は広がっているが、スナク前政権が掲げたアフリカ中部ルワンダに不法移民を強制移送する政策は支持の拡大にはつながらなかった。

◆労働党は大勝したけれど…公約は具体性に欠ける

 労働党は、コービン前党首の急進左派路線を転換し、中道色を打ち出したことが功を奏した。ただ、責任政党を意識するあまり、「変化」をうたう政権公約の中身は実際には具体性に欠けており、当面は現在の保守党政権の路線から大きく転換することはないように見受けられる。  労働党は放漫財政によって政権交代に至ったと長く批判されてきた。今回も「敵失」によって大勝したことに加え、急進左派路線との差別化を図る必要もあり、政策を劇的に変えるということはかえって難しく、かなり慎重な政権運営になると予想される。

5日、ロンドンの首相官邸前で首相としての初演説を行ったスターマー新首相=イギリス首相官邸公式サイトから

 とはいえ、財政運営に関して難題が数多く存在しており、政権発足直後から有権者の失望を招く政治判断をしなければならない可能性は否定できない。  EUに対しては友好な関係の再構築に努力するとみられる一方で、スターマー党首は、関税同盟や単一市場に入らないし、EU再加盟はないと既に表明している。2期目になったら選択肢として出てくるかもしれないが、移民問題と関連して今のところはすぐに動ける状況ではないだろう。

◆移民問題、ガザ情勢…難しい対応に

 今回の総選挙で右派ポピュリスト政党「リフォームUK」の躍進を踏まえると、何らかの形で速やかに有権者の間に広がる移民問題への懸念に応答しなければならないだろう。  ガザ情勢を巡っては、複数の影の閣僚が落選し、スターマー党首自身の得票率が大幅に減少するなど、労働党の(イスラエル寄りの)方針に対する批判が票に表れた。即時停戦や、イスラエルへの武器供与などに関して、難しい対応を迫られることが予想される。  労働党は今回、議席数としては地滑り的勝利を勝ち取ったが、得票率を見ると前回大敗したレベルからほぼ変化していない。投票率は、第2次大戦後2番目に低かったといわれている。労働党の勝利が「浅薄」と評価されるゆえんである。今後は、責任ある政権運営とは何か、特に経済運営について国民に具体的に示していく必要がある。 

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