アメリカ経済をけん引してきた個人消費に “変調”
5ドル(約800円)のセットメニューが登場
消費者からは “節約” の声
小売店は値引き戦略を強化
売り上げが減少する小売企業
専門家「個人消費の伸び 減速していく公算高い」
アメリカの商務省によりますと、小売業の売上高はことし3月は、前の月よりプラスとなり市場予想を上回りましたが、4月はマイナスに転じました。5月は0.1%の増加でしたが、市場予想を下回りました。5月は、コロナ禍からの景気回復で好調が続いていた外食が0.4%のマイナスとなったことが個人消費の変調を表していると指摘されています。また、ミシガン大学の調査では、アメリカの消費者の景気の見方を示す指数は今月は前の月より2.2ポイント下がって8か月ぶりの低水準となりました。ミシガン大学は消費者の半数近くがインフレに苦しんでいると指摘しています。記録的なインフレを抑え込むためにFRB=連邦準備制度理事会は2022年から11回にわたって利上げを行い、およそ23年ぶりの金利水準となっていましたが、これまで個人消費は堅調を維持してアメリカ経済をけん引してきました。個人消費が堅調で景気が強いとFRBは利下げに踏み切りにくくなり、理論的には円安が続きやすい環境となります。
高い金利水準のもとでもなぜアメリカの個人消費は堅調だったのでしょうか。その要因のひとつに、コロナ禍以降の給付金の存在が指摘されています。連邦政府から給付金が全米の消費者に支給され、家計には貯蓄が積み上がり、旅行や外食などのサービス消費の好調さの大きな要因となっていました。
FRB=連邦準備制度理事会のサンフランシスコ連銀の調査では、家計に積み上がった過剰貯蓄はピーク時の2021年8月にはプラス2兆1000億ドルに達しましたが、去年秋以降に取り崩されるペースが加速し、ことし5月にはマイナス2630億ドルにまで落ち込みました。また、最新の雇用統計でも、個人消費を支えてきた労働者の平均時給も前の年の同じ月と比べて3.9%と4%を下回ったうえ、失業率も3か月連続で悪化し、労働市場のひっ迫も緩んできています。FRBのニューヨーク連銀によりますと、ことし1月から3月にかけて家計の負債総額は前の四半期に比べて1840億ドル、率にして1.1%増加し17兆6900億ドルとなりました。また、ニューヨーク連銀は、すべての年齢層でクレジットカードの延滞率が上昇していて「一部の世帯で財政難が深刻化していることが明らかになった」と指摘しています。特に1990年代半ば以降に生まれた10代から20代後半までの若者=Z世代は、およそ15%がクレジットカードの限度額を超えているとしています。一方、旅行需要は全米で好調な状況が続いています。TSA=運輸保安局の発表によりますと、全米の空港などの利用者は今月7日、301万人余りに上り、一日の利用者が初めて300万人を超えました。それまでの過去最高だった先月23日の299万人余りを上回り過去最高を更新しました。背景には株高によって資産が増え、消費にお金を回すようになる「資産効果」があるとみられ、富裕層中心に旅行や外食などにお金を使う動きは続き、高金利のもとでも個人消費が大きく落ち込まない要因とも指摘されています。
ファストフードチェーンの間では客足が落ち込むことを懸念して低価格のセットメニューを販売する動きが広がっています。このうち、マクドナルドは税抜きで5ドル、日本円でおよそ800円のセットメニューについて、期間限定で販売を始めました。この会社の主力メニュー、ビッグマックのセットはニューヨーク中心部の店舗で11ドル以上、およそ1800円します。5ドルセットはフライドチキンを挟んだバーガーと小さいサイズのフライドポテト、4個入りのチキンナゲット、小さいサイズのドリンクが含まれます。たとえば、ニューヨーク中心部の店舗だとそれぞれを個別に注文した場合は合計で12ドル前後かかるため、6割程度、値引きされることになります。このほか、ウェンディーズでは3ドルの朝食メニューを提供し始めました。バーガーキングなど、ほかのファストフードチェーンも低価格のセットの販売に乗り出していて、手ごろな価格設定で、購入を促そうという動きが広がっています。
マクドナルドで5ドルセットを購入した男性は「多くのファストフード店が値上げしているけど、これだけのものが5ドルで食べられるとありがたい。5ドルというポスターを見て立ち寄ってしまった」と話していました。
また、女性は「この辺りでは12ドルとか15ドルとか払わないと何も食べられない。ここならお得に食べられるので、よく来ています」と話していました。
ニューヨークにあるスーパーマーケットでは、これまでより支出を抑えているという声が聞かれました。エンジニアの夫と息子の3人で暮らす62歳の女性は「以前は毎週の献立を考えて、必要なものを買いに行っていたが、今はセール広告で何が売られているかを見て、何を作るかを考えるようにしている。夫は昇給しているがインフレに追いついていない」と話していました。
また、夫と暮らす55歳の女性は「物価は、数年前よりずっと高くなっていて、ひどい状況で、肉が高いので買う量を減らしている。経済的に苦しいわけではないが、すべてが高いので外食にいく回数を減らすなどちょっとしたことを節約している」と話していました。
消費者がモノの値段に敏感になってきていることを小売店側も感じています。ニューヨークで冷蔵庫やオーブンなどキッチン周りの家電などを扱う量販店です。コロナ禍のあと、売り上げの上昇傾向が続いてきましたが、ここ数か月、売り上げは横ばいか減少に転じているということです。この店では消費者が商品の価格により敏感になっていると感じています。
店ではレンジや食器洗い機、オーブンなどをまとめ買いをすることで1割ほど値引きしたり、複数の家電を買うと、別の家電を無料にしたりするなどしたりして値引き戦略を強化、お得感を出そうとしているといいます。
店の営業担当者は「今は多くの人たちがお金を使いたがらなくなり、必要なものを必要なだけしか買わないようになっていて、値引きがないと消費者は買わなくなっている」と話していました。
個人消費の減速は小売企業の業績にも現れています。小売り大手のターゲットは、ことし2月上旬から5月上旬までの3か月間の決算で売り上げが前の年の同じ月と比べて3.1%減少しました。また、家電量販店のベストバイは、ことし2月上旬から5月上旬までの3か月間の決算で売り上げが前の年の同じ月と比べて6%余り減少。ホームセンター大手のホームデポも、ことし1月下旬から4月下旬までの3か月間の決算で売り上げが前の年の同じ月と比べて2.2%減少しました。ベストバイのコリー・バリーCEOは決算説明会で「消費者は買い物の予算について厳しい選択を続けている。より安いモノを買うようにし、ほかの旅行やサービスといった分野を優先している」と述べ、家電や家具といった生活必需品以外のモノの分野で需要の鈍化が見られるという認識を示しました。ターゲットはことし5月、すでに1500の商品の値下げを行い、今後さらに値下げを拡大しておよそ5000の商品を値下げすると発表し、インフレを背景とした売り上げの減少を受けて値下げに踏み切る動きも出てきています。
米国野村証券の雨宮愛知シニアエコノミストは、アメリカの消費の現状について「個人消費が減速してることは間違いない。理由はいくつか挙げられるが、一つはインフレが多少鈍化していても、価格水準自体が所得に対して高すぎるという人がまだかなりいるということ、もう一つは、FRBの金融引き締めが効いてきていて、クレジットカードの借り入れのペースが落ちてきていること。そして、今、自分が職を失ったら再就職できるだろうかという不安を抱く人が増えてきていることがある」と述べました。また、企業の間で値引きに乗り出す動きが目立っていることについては「消費者が価格に敏感になって、より安いものを買おうとしていることの証しであり、消費が冷え込み始めていることへの企業の反応だと思う」と述べました。そのうえで、今後について「労働市場が少しずつ緩んできていること、金融引き締めの影響が残り、超過貯蓄もなくなってきていることも考慮すると、少しずつだが個人消費の伸びは減速していく公算が高い。利下げのタイミングや金融緩和の速度とか頻度によっては、うっかりすると冷え込ませすぎてしまう事もあり、非常に難しいかじ取りが迫られている」と述べています。
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