<ミャンマーの声>

ダンパウを混ぜるボランティアたち=タイ北西部メソトで

 クーデターが起きたミャンマーを逃れ、国境を接するタイ北西部メソトで暮らす避難民らのため、15バーツ(約60円)の格安弁当を配達するサービスが8日、1年を迎えた。節目を祝い、約450人に無料の特別弁当が振る舞われた。運営に関わるのは避難民や第三国のミャンマー人ら。サービスの定着を喜びつつ、複雑な心中を漏らす。(北川成史)

◆「多くは不法滞在状態、仕事なく、生活は厳しい」

 朝の空気にスパイスの香りが広がる。祝いの時に食べる炊き込みご飯「ダンパウ」や手羽元がゴロリと入った「チェッターヒン(チキンカレー)」。1周年前日の7日、建物の軒先でボランティアの避難民ら約20人が、手作りのミャンマー料理を容器に詰めていた。

チェッターヒンをビニール袋に詰めるボランティアたち=タイ北西部メソトで(一部画像処理)

 弁当はバイクで避難民の元に届ける。450人分の費用は2万2000バーツ(約8万8000円)。町で売れば1個100バーツ(約400円)近くしそうだ。これを普段の15バーツ弁当の利用者を中心に事前の告知なしで配った。  ミャンマーで企業の会計担当だった女性(34)はサプライズに顔をほころばせた。2021年2月の軍事クーデター後、民主派勢力を支援したとして口座凍結の上、指名手配され、密入国の形でメソトに逃れた。今は15バーツ弁当の常連だ。「避難民の多くは不法滞在状態。職がなく、生活は厳しい。15バーツ弁当は安価でおいしく、とても助かる」

◆世界中のミャンマー人から寄付

ダンパウや付け合わせのサラダを容器に詰めるボランティアたち=タイ北西部メソトで

 避難民支援をするNGOの推定では、メソトを含むターク県には約40万人のミャンマー人がいるという。  15バーツ弁当の運営に携わるリンミャットさん(43)らによると、普段は週3回、SNSで注文を受けて配達し、利用者は各回250~400人に上る。日本を含む世界中のミャンマー人の寄付に支えられてきた。  リンミャットさんは「コーヒー1杯が25バーツ(約100円)する中で頑張ってきた」と感慨を込める。運営資金を補うため、機織りして作った民族衣装を販売する方策も考えている。

今後の販売を念頭に、民族衣装を織る女性=タイ北西部メソトで

 15バーツ弁当を昨年8月8日に始めたのには意味がある。1988年8月8日、長く社会主義独裁政権が続いたミャンマーで大規模な民主化運動が広がった歴史にちなむ。

◆民主化運動36周年、「国軍の支配終わらせないと」

 今月8日には運営スタッフらが集まり、15バーツ弁当の1周年とともに民主化運動36周年を記念するイベントを開いた。15バーツ弁当の創設に関わり、運営資金を出している米国在住のミンナインさん(52)も駆けつけた。学生だった88年、民主化運動に参加し、政治犯として5年間収監された。  「昨年4月にメソトを訪れた時、多くの避難民が困難に直面しているのを見て、何かしなければと思った」と15バーツ弁当創設の経緯を振り返り、1周年について「無給で働くボランティアのおかげ」と感謝した。  ただ、88年から36年になることを聞くと、厳しい表情になった。当時盛り上がった民主化運動を国軍はクーデターを起こしてつぶし、軍政を敷いた。2011年に民政移管したものの、21年、またも国軍のクーデターで軍政に戻った。  ミンナインさんは強調した。「軍政に対し、市民が団結して抵抗する必要がある。今度こそ軍の支配を終わらせなければならない」


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