11月の米大統領選に向けた民主党の党大会が19~22日、中西部イリノイ州シカゴで開かれ、女性、黒人、アジア系として初の大統領を目指すカマラ・ハリス副大統領(59)が党候補の指名受諾演説を行う。米政界で長く女性の進出を阻んできた「ガラスの天井」をハリス氏は突き破ることができるか。(ワシントン・浅井俊典)

15日、米東部メリーランド州ラーゴで開かれた集会でバイデン大統領とともに登壇するハリス副大統領(中央)=浅井俊典撮影

◆ガラスより険しい「コンクリートの天井」

 「時として人々はあなたのための扉を閉ざすことがある。そのときは蹴破ればいい」。ハリス氏は今年5月、アジア系米国人らの貢献をたたえる月間の会合で若者たちをこう励ました。  米国で非白人の女性が直面する障壁は「ガラスの天井」よりさらに険しく「コンクリートの天井」と言われる。ハリス氏はそれを一つ一つ突き破ってきた。  ジャマイカ系黒人の父とインド系の母はともに公民権運動に携わってきた。  回顧録などによると、母親は幼いハリス氏と妹を自信に満ちた黒人女性に成長させようと、カリフォルニア州バークリーにあった黒人文化センターに連れて行き、政治や芸術の分野で活躍する黒人女性らに接する機会をつくった。黒人女性初の下院議員となったシャーリー・チザム氏らを間近で目にしたハリス氏は「私たちが何になれるかを示してくれる並外れた人物、女性と接することができた」と振り返る。

◆バイデン・ペンス・トランプ各氏と舌鋒鋭く論戦

 首都ワシントンの名門黒人大学、ハワード大などを経て、黒人女性で初めてサンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官に就任し、女性やLGBTQ(性的少数者)の権利擁護に尽力した。  2020年大統領選の党候補選びではバイデン大統領(81)と争った。討論会で、黒人の子どもを白人が多い学校にバスで送り込む1970年代のバス通学制度にバイデン氏がかつて反対していたと批判。「当時、カリフォルニアで毎日バス通学をする少女がいた。それが私だ」と、同氏を防戦一方に追い込んだ。

バイデン大統領=2020年

 バイデン氏の副大統領候補として共和党のペンス副大統領(当時)と討論会で対決した時も、発言を遮って話し始めようとするペンス氏を「副大統領、私が話している最中です」とたしなめ、注目された。  今回は特に、人工妊娠中絶の権利など、女性が選択する権利を守る姿勢を強調。共和党候補のトランプ前大統領(78)を「苦労して勝ち取ってきた自由や権利を攻撃している」と批判し「米国の未来のために戦う」と訴える。    ◇   ◇    

◆「女性政治家は弱く、優柔不断で感情的」根強いイメージ

 世界各国で女性指導者が相次ぐ中、民主主義国のリーダーを標榜(ひょうぼう)する米国で、いまだに女性大統領が誕生していない。背景には「政治は男性の仕事」という根強い差別意識が国民に広がっていることがある。  バージニア大政治センターによると、伝統的に男性が政治の舞台を支配してきたため、男性が後継指名や出馬を勧められる確率は女性より6割以上多いという。「女性政治家は弱く、優柔不断で、感情的だ」というステレオタイプのイメージの報道が続いてきたことも女性の選挙活動を阻んできたとされている。  このため連邦議会下院の女性議員の比率でも、米国は約29%と世界71位(列国議会同盟調べ)だ。

◆ヒラリー氏「女性候補でいることがどれほど難しいか…」

 主要政党で初の大統領候補として2016年大統領選を戦った民主党のヒラリー・クリントン元国務長官は、ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で「女性差別や米政治の二重基準の中で強い女性候補でいることが、どれほど難しいかをよく知っている。私は『魔女』や『嫌な女』と呼ばれ、もっとひどいことも言われた」と振り返る。

ヒラリー・クリントン元国務長官=2024年8月、鈴木龍司撮影

 選挙でトランプ前大統領に敗れ「ガラスの天井を破ることができなかったことは今も私を苦しめている」と苦しい胸の内を明かす一方、自身の挑戦で「女性候補が普通だと思われるようになったことを誇りに思う」と強調。ハリス氏に「さらなる独自の試練に直面するだろうが、恐れることはない。勝って歴史をつくれる」とエールを送る。  調査会社ギャラップによると、「十分な資格を持つ女性が大統領候補に選ばれた場合、投票するか」との問いに賛成した回答者は1958年には54%だったものの、今年は93%まで上昇した。    ◇   ◇    

◆識者「ジェンダーや人種を巡って醜い攻撃の可能性」

インディアナ大のクリスティ・シーラー教授=本人提供

 インディアナ大のクリスティ・シーラー教授は「トランプ氏の過去の発言をみても分かるように、今回の選挙戦ではジェンダーや人種を巡って醜い攻撃が行われる可能性がある」と指摘する。  シーラー氏は「クリントン氏は2008年と16年の大統領選で『女性であることを利用している』『立ち居振る舞いを計算している』などと批判された」と強調。ハリス氏の戦いぶりを「自ら受けた性差別や人種差別を強く訴えすぎると、クリントン氏と同じような攻撃を受けかねないため、過去の女性たちが乗り越えてきた事例を挙げることで、より多くの有権者とつながろうとしているようにみえる」と分析する。  その上で「大統領選でジェンダーと人種を巡る問題は依然、高い障壁だが、克服すべきはハリス氏ではなく、米国の有権者だろう」とも述べた。 

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