これ以上、象徴的な出来事はない。6月に打ち上げられた米ボーイングの新型宇宙船「スターライナー」は国際宇宙ステーション(ISS)に到着したが、推進装置に燃料を供給するための圧力を制御するのに使うヘリウムが漏れ、地球への帰還が見通せなくなっている。
イラスト Matt Kenyon/Financial Times

そのため同船の米国人宇宙飛行士2人は数カ月、ISSに足止めされる可能が出ている。米航空宇宙局(NASA)は、米宇宙企業スペースXの宇宙船「クルードラゴン」で2025年2月に宇宙飛行士2人を帰還させられるか検討中だ。

この不運な出来事は、ある事実を浮き彫りにした。米宇宙開発で輝かしい歴史を持つものの、今や問題が山積する政府請負業者である創業108年の米ボーイングより、型破りな実業家マスク氏が経営する革新的な民間宇宙企業がいかに優位に立っているかという事実だ。

数千機の自律型戦闘用ドローン生産に乗り出す米アンドゥリル

米国防総省が今後8000億ドル(約117兆円)強の予算を割り当てるにあたり、この出来事の教訓を忘れることはないだろう。

国防総省も競争力を高めるため、シリコンバレーの新興企業への依存度を高めている。これらの新興企業は、ボーイング、RTX(旧レイセオン・テクノロジーズ)、ロッキード・マーチン、ゼネラル・ダイナミクスなど、国防総省と直接契約を結ぶ「プライム企業」として知られる伝統的な米防衛大手の牙城を切り崩しつつある。

こうした注目の新興企業の一つ、米アンドゥリル・インダストリーズは8月上旬、ベンチャーキャピタル(VC)投資家から15億ドルを調達し、その企業価値は140億ドルと評価された。同社は、監視用ドローンの画像を人工知能(AI)で分析するソフト技術を持つ。

同社は数千機の自律型戦闘用ドローン(無人機)を大規模に生産すべく「アーセナル1」と呼ぶ最新鋭の工場を建設予定だ。これは国防総省が進める「レプリケーター計画」の一環で、同計画は18〜24カ月以内に数千もの搭乗員なしの自律型システムの配備を目指している。

アンドゥリルは米著名起業家のパルマー・ラッキー氏が17年に設立した。彼は仮想現実(VR)のスタートアップ、米オキュラスをフェイスブック(現米メタ)に売って財を成し、今は防衛産業の再構築に取り組む。

ラッキー氏は24年、英フィナンシャル・タイムズにアンドゥリルの目標は(厚かましくも)「西洋文明を救うこと」で、それは年間数十億ドルの税金の節約になると語った。そして「狙いは大手プライム企業と肩を並べ、対等な立場で戦えるようになることだ」と述べた。

備え甘かった米国防総省

ロシアのウクライナ全面侵略と中国との緊張の高まりを受け、米軍事態勢は再精査されている。国防総省の幹部は、ウクライナ軍とロシア軍が使う安価で効果的なドローンと従来型の武器の脆弱性に注目している。空母を1隻増やすのとドローンを1万8000機増やすのとでは、どちらが台湾防衛に効果的かという問題だ。

国防総省に批判的な向きは、米国が技術的優位を失ったのは、最新のソフトウエアやクラウドコンピューティング、宇宙の商業化、AIの将来性を十分な速さで認めてこなかったからだと主張する。「要は米国の将来への備えが甘かった」と米上院軍事委員会の元スタッフディレクターで、現アンドゥリルの最高戦略責任者(CSO)のクリスチャン・ブローズ氏は言う。

VCは長年、防衛テックには投資してこなかったが再評価し始めた。国防総省を大口顧客に持つことは、間違いなく防衛テックの魅力を高める。

米調査会社ピッチブックによると、VCによる防衛分野への過去3年の投資額は、24年は減速しているとはいえ、世界全体で総額にして1200億ドル以上に達している。

規模こそ小さいが、防衛テックは欧州で急成長している。7月にはドイツのAI防衛スタートアップのヘルシングが、4億5000万ユーロ(約730億円)を調達し、同社の評価額を50億ユーロ近くに押し上げた。

欧州も防衛スタートアップへの支援を強化

北大西洋条約機構(NATO)は10億ユーロの「NATOイノベーション基金」を立ち上げ、防衛スタートアップおよび加盟国の技術的優位を高める新組織「北大西洋防衛イノベーションアクセラレーター(DIANA)」への支援を決めた。

欧州連合(EU)傘下の金融機関で、民間企業を支援する欧州投資基金(EIF)は防衛分野への投資を優先している。だが欧州のスタートアップにとり大きな障害となっているのは、加盟各国で防衛の調達が分散していることだ。

イスラエルの対空防衛システム「アイアンドーム」の欧州版構築を支持する欧州のある政策立案者は「欧州は供給面は優れているが、求める側があまり優れていない」とし、「我々が加盟各国に共通するニーズがあると発信できれば、大きな変化をもたらすだろう」と言う。

スタートアップ支援の変化もたらしたのはウクライナ侵略

ラジ・シャー氏とクリストファー・キルヒホフ氏は著書「ユニットX」(邦訳未刊)の中で、約300万人の職員を抱える世界「最大でおそらく最も官僚的組織」である米国防総省の組織文化を変えるため、同省と繰り広げた闘いを記している。

15年当時、米国防長官だったアシュトン・カーター氏は、商業的イノベーションを米軍に取り入れるため「国防イノベーション実験組織(DIUx)」を創設し、2人にその取り組みを指揮するよう依頼した。

F16戦闘機の元パイロットで今は米VCシールド・キャピタルのマネジングパートナーであるシャー氏は取材で、16年当時、VC投資家に防衛分野に興味を持ってもらうのは難しかったと振り返る。「だが今は逆で、ここシリコンバレーでは大転換が起きた。我々は皆、ウクライナ侵略をすさまじい恐怖をもって見ている」

危うさ残る米の新たな軍民融合

だが、シャー氏はスタートアップへの依存が高まれば「新たな依存関係」が生まれると認める。VCの投資サイクルには過剰投資や急な投資引き締めのリスクがあるため、政府が今後「研究開発のための資金供給」を制御するのが難しくなる危険性も指摘する。

ラッキー氏とマスク氏は米大統領選の共和党候補トランプ前大統領を公然と支持している。今後、民主党政権がどこかで誕生した場合、政治的な問題が生じる可能性がある。

米電気自動車大手テスラを率いるマスク氏が中国に持つビジネス上の巨大な利権を考えると、中国が台湾を攻撃した場合、同じくマスク氏が率いる今や世界最大の衛星通信網となったスペースXの「スターリンク」をどう対応させるかは疑問だ。

中国共産党の優先事項は「軍民融合」による世界最高の軍隊創設だ。構想も実行方法も中国と全く異なるが、米国版軍民融合は軍事的優位を再び確立するには有効な試みだ。

しかし、台頭しつつある機動力に優れた軍事テック複合体は、新たなリスクと脆弱性も生んでいる。

By John Thornhill

(2024年8月19日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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