【ソウル=木下大資】岸田文雄首相は6日、韓国を訪問し、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と会談した。両首脳は、改善した日韓関係を、岸田首相の退任後となる来年の国交正常化60周年に向け、さらに強化していくことを確認。日韓当局は会談に合わせ、第三国で有事が発生した際に自国民保護のため協力する覚書を締結した。

岸田文雄首相㊧と尹錫悦大統領(資料写真)

 日本が同様の覚書を結ぶのは韓国が初めて。日韓間では、昨年4月にスーダンで戦闘が激化した際に在留邦人が韓国の車両に同乗して移動したほか、同10月のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃時には、自衛隊と韓国軍の輸送機がイスラエルからの退避者を互いに同乗させた事例がある。こうした協力体制を制度化しようと、韓国側が覚書の締結を提案したという。  また両国は、相互に訪問する観光客の出入国手続きの円滑化に向けた検討を始めた。入国審査を出発地で事前に済ませ、到着後の空港での待ち時間を減らすことなどを想定している。

国際線が発着する羽田空港のターミナル(資料写真)

 大統領府高官によると、会談で岸田首相は「次の首相が誰になっても日韓関係の重要性は変わらない」と述べた。尹氏も会談の冒頭「岸田首相とともに築いてきた成果は、私が大統領に就任して以来、最も意味のあることだった」と強調。岸田首相は元徴用工問題を念頭に、昨年5月の訪韓時の発言に再び言及する形で「厳しい環境のもとで多数の人々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と述べた。歴史問題を巡る韓国内の厳しい世論を意識したとみられる。  岸田首相と尹氏の会談は12回目。今回は、日韓首脳が形式にとらわれず相互訪問する「シャトル外交」の一環で、韓国メディアによると、日本側の要請で開催された。会談後の共同記者会見は行わなかった。  ◇

◆尹氏の就任後、10回以上対面で対話

 首脳同士としては最後となる会談を6日に行った岸田文雄首相と韓国の尹錫悦大統領。尹氏の就任後は10回以上、対面で対話を重ね、日韓関係の改善や日米韓の安全保障協力強化に努めてきた。ただ「厚い信頼関係」(日韓筋)に裏打ちされた2人の間でも、元徴用工訴訟問題などの懸案は残ったままになった。首相交代後も協力関係を維持できるかどうかが課題だ。(ソウル・上野実輝彦)  「私たち2人の強い信頼を基盤に、1年半の間に韓日関係は大きく改善した」。会談冒頭で尹氏がそう語ると、岸田首相も「今日はこれまでの進展を総覧し、日韓間の協力と交流を持続的に強化する方向性を確認したい」と述べ、緊密な両国関係を改めて強調した。

外交に力を注いできた岸田文雄首相(資料写真)

 元徴用工問題で昨年3月、尹氏が「解決策」を打ち出し訪日したのを機に、両首脳はシャトル外交を復活。国際会議などを活用し頻繁に顔を合わせ、酒好きなどの共通点も生かして個人的な信頼関係を築いた。

◆政権交代しても変わらない外交・安保関係を目指したが…

 両氏が目指したのが、政権交代が頻繁な韓国や米国で首脳が代わっても、影響を受けない外交・安保関係の構築だ。中国やロシア、北朝鮮など権威主義国家が台頭する東アジアの安定のため、互いに日米韓の協力を重視。首脳や高官級の定期協議、自衛隊と米韓軍の共同訓練などの枠組みを文書化して約束した。  両首脳が6日に発表した、第三国での有事の際に自国民退避で協力する覚書も、こうした流れに沿ったものといえる。首相は会談後、記者団に「日韓関係の新たな章を開いた歩みを、これからも続けていかねばならない」と強調した。

◆「元徴用工」「大陸棚協定」…残る不安材料

 公私ともに良好な関係を築いてきた2人だが、尹氏が「両国には難しい問題が依然残っている」と語った通り、日韓の懸案を解決しきれたわけではない。元徴用工問題では、日本企業の賠償金を肩代わりする財団の資金枯渇が懸念される。日韓の大陸棚の境界などを定める「大陸棚協定」の有効期限も迫っており、火種になりかねない。

元徴用工問題を巡り韓国政府の対日姿勢を批判する原告関係者や野党議員ら=2023年1月、ソウルで

 韓国野党は、尹氏が主導してきた対日関係の改善方針を政権攻撃に利用する。野党議員の1人は8月、尹氏側近で日本への配慮の必要性に言及した金泰孝(キム・テヒョ)国家安保室第1次長を国会に呼び「親日派密偵」と批判。別の議員は、今回の首相訪韓を「税金を使ってソウルで岸田氏の離任パーティーをする」と皮肉った。  9月6日に韓国ギャラップが発表した尹政権の支持率は、23%に落ち込んでいる。

◆韓国側は「次期首相」の外交姿勢を懸念

 日本の新首相に対する韓国側の不安もある。「慰安婦合意に取り組んだ外相時代の経験もあり、日韓関係改善に思い入れが強い」(外務省関係者)岸田首相並みに韓国を重視する次期首相候補が、現段階でいないとみられているためだ。  特に警戒するのが、小泉進次郎元環境相や小林鷹之前経済安保担当相、高市早苗経済安保担当相ら、8月に靖国神社を参拝した議員の動向だ。首相は会談で、尹氏に「誰が首相になっても日韓関係の重要性は変わらない」と約束したが、韓国外務省内には「来年も靖国参拝したら、日韓国交正常化60周年の祝賀ムードに水を差しかねない」と危惧する声もある。 

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