【深圳=河北彬光、北京=石井宏樹】中国南部の広東省深圳市で深圳日本人学校の日本人男児が登校中に刺された事件は19日、男児の死亡という取り返しのつかない結果となった。中国当局から事件の詳細が明らかにされず、中国全土の日本人社会全体に不安が拡大している。情報が出てこない背景には、中国政府が反日感情の高まりによる社会の不安定化を避ける思惑があるとみられる。

◆「駐在員ばかりで、みんな顔見知り。ショックが大きい」

19日午後、中国広東省深圳市の深圳日本人学校で、被害男児の冥福を祈り花を手向ける人=河北彬光撮影

 「おとといも、子ども同士が遊んだばかりだったのに」。被害者と同じマンションに住む日本人男性は、男児死亡の一報に言葉を失った。男性の子どもも同じ深圳日本人学校に通っているという。「ここは日本人駐在員が多く、みんな顔見知りで絆が深い。それだけにショックが大きい」  同校には小中学生260人が通っている。学校関係者の間では、被害男児の活発な姿が印象に残る。塚本昌夫校長は19日夜、報道陣の取材に「活発でいつもドッジボールをして楽しんでいた。動物を飼っていて命を大切にする子だった」と涙ぐんだ。  日本人の不安を増幅させているのは、防犯対策の難しさと事件に関する情報の少なさだ。6月に蘇州で起きた事件を受け、在中国日本大使館が主導して通学時の安全対策を見直してきたほか、外務省は来年度予算の概算要求で中国のスクールバスの警備強化に3億5000万円を計上した。

◆「中国勤務希望者が社内でどんどん減っている」

 ただ日本人が多く住むマンションは学校から近く、大半が保護者と歩いて通う。被害男児も徒歩で登校中に襲われたことから、同校が19日開いた保護者説明会の出席者からは不安の声が上がり、近距離でもバスを手配してほしいとの要望が出た。在広州日本総領事館の貴島善子総領事は「どう具体化するか、これから深圳市政府とも話をしていく」と応じた。

19日夜、中国広東省深圳市で、報道陣の取材に応じる金杉憲治大使=河北彬光撮影

 中国日本商会の本間哲朗会長は19日の緊急会合で「従業員と家族の安心安全の確保は事業継続の基本中の基本だ」と強調し、日中両政府に安全確保と事件の詳細説明を訴えた。北京の日本人駐在員は「反スパイ法に加えて蘇州の事件の影響で、中国に来たい人が社内でどんどん減っている」と言う。子どもの安全は、日中経済に影響を及ぼしかねない状況となっている。

◆中国主要メディアは報じず、詳報も削除され…

 公安当局は18日に事件の概要を発表したが、発表文では日本人学校との関係には触れなかった。日本側は事件の背景説明を求めているが、中国側は司法手続きを理由に答えていない。  蘇州の事件でも、当局は「偶発的」と繰り返すばかりで、中国メディアが日本人母子をかばって亡くなったバス案内係の中国人女性を英雄として持ち上げて沈静化を図った。いずれの事件も、日本人を狙った犯行かどうかなど、動機は不明のままだ。

19日午後、中国広東省深圳市の深圳日本人学校の校門前に手向けられた花束には冥福を祈る中国語のメッセージが添えられていた=河北彬光撮影

 今回は男児の死亡で、在留外国人の安全確保が正面から問われる事態に発展した。ただ主要メディアの報道は19日時点でほとんどなく、一部メディアが事件を詳報しても削除されている。中国政府は統制を強めることで、事件の国際問題化や政権批判に発展することを避けようとしているとみられ、中国メディア関係者は「国内メディアは今回のニュースのトーンを弱めたいと考えている」と明かした。 

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