太平洋に向けたICBM発射は実に44年ぶり
9月25日、中国は模擬弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射を太平洋に向けて44年ぶりに実施した。
この記事の画像(25枚)中国軍の発表では「ダミー弾頭1個を搭載した」大陸間弾道ミサイルの「通常」の発射試験であり、「毎年の訓練」の一環と説明した。つまり、特に珍しいことではないという説明である。
しかし、発射されたのが、どんな種類の大陸間弾道ミサイルだったのかは明らかとなっていなかった。
こうした状況の中、米シンクタンク「カーネギー国際平和財団」の核兵器専門家、アンキット・パンダ氏は、X(旧ツイッター)に「見落としがない限り、これは本質的には(記憶が正しければ、1980 年代初頭以来の)久しぶりの出来事(そして、そのように発表されたこと)だと思う」として、毎年の訓練の一環という中国国防省の説明とは異なる珍しい出来事との見解を示した上で「推測だが、これは DF-31/DF-41(道路移動式 ICBM) の初の太平洋長距離テストだ」「これはグアムのかなり近くを通過する軌道となっている。グアム近くを通過する時点でペイロードは大気圏外にあることは注意を要する」(25日)と書き込んだ。
(注:DF-41ミサイルは中国最大の射程1万5000kmと推定され、最大10個の個別誘導核弾頭(MIRV)を搭載可能、DF-31ミサイルは3段式で最大射程は7000 ~11000km以上)
さらに南太平洋西部にむけ「中国がフルレンジ(最大射程)でICBMを最後に発射したのは、1980年5月のDF-5ミサイル発射の時だった」(ARMY RECOGNITION 25日)という。
それ以降、中国は「通常、中国は国内で試験を行っており、以前は新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠に向けてICBMを西に発射」(BBC 26日)するのが、通例であったが、今回は、海南島から発射。台湾とフィリピンのルソン島の間を抜け、グアム島の傍を通って、着水している。
海南島からグアムまでは約3700km。アンキット・パンダ氏が指摘したように「グアム近くを通過する時点でペイロードは大気圏外にある」のであれば、それからミサイルのペイロードは降下するので、恐らく発射から弾着、着水までに、その2倍の7000km以上は飛んだことだろう。
アンキット・パンダ氏が指摘したDF-31ミサイルは、3段式で最大射程は7000~1万1700km。もう一方のDF-41は、中国最大の射程1万5000kmと推定され、飛距離はどちらもあてはまる。しかも、DF-41は、最大10個の個別誘導核弾頭(MIRV)を搭載できるとされる。
中国軍が、発射翌日の26日に公開した画像を見ると、DF-31型大陸間弾道ミサイルのシリーズのようにもDF‐41型大陸間弾道ミサイルのようにも見える。
DF‐31には、単弾頭を搭載したミサイルや3個の個別誘導弾頭を搭載するタイプがあり、荒れ地から発射する今回の画像は、ミサイルそのものより、移動式発射機の未舗装の地域での走破性能を向上させたDF-31AGの可能性を示唆しているようにも見える。
軍事情報サイトARMY RECOGNITIONは「中国の今回のテストは、核兵器の拡張を含む中国の戦略的軍事近代化を示すものである。2023年、国防総省は中国が500以上の運用可能な核弾頭を保有していると報告し、その数は2030年までに1000を超えると予想されている。一方、中国は地上配備型ICBM用のサイロを数百基建設している。中国の核能力のこの増強は、それぞれ1700以上の配備済み核弾頭を保有する米国とロシアの核兵器とは対照的である」「台湾国防省は、ミサイルテストと同じ日に、自国領土の近くで活動する23機の中国軍用機を検出したことを確認した」(ARMY RECOGNITION 9月25日)と指摘する。
こうした見方の中で実施された今回のICBM発射試験は、米国や地域との緊張を高めることも厭わず、この大陸間弾ミサイルを太平洋方向に飛ばしたのだろうか。
アメリカは中国の“変化”を歓迎
この点について、アメリカ国防総省のシン副報道官は25日の記者会見で「われわれはICBMの演習に関して事前に通告を受けた」とした上で「事前通知を受けるという点で正しい方向に進んでいる(中略)誤解や誤算のリスクがさらに軽減される」と歓迎。「国防総省としては、弾道ミサイルなどの発射についてより規則的な通告を推進するよう中国に提案した。信頼醸成措置であり、通知が継続されることを望んでいる」と述べた。
事前通告は、オーストラリア、ニュージーランドにも行われたものの、日本にはなかった。そして、中国の事前通告を歓迎したシン副報道官は、その一方で、中国の「ICBMの発射テストを監視していた」と述べた。
アメリカ軍は、どのように中国のICBMの発射を監視したのだろうか?
中国国防省の爾後の発表では、訓練用の模擬弾を搭載したICBM=大陸間弾道ミサイル1発を発射したのは「25日午前8時44分(日本時間午前9時44分)」、太平洋の公海上の予定した海域に「正確に着弾させることに成功した」としていた。
9月24日午後、東京都のアメリカ空軍・横田基地に、主翼の片方が真っ黒に塗りつぶされた風変わりな軍用機が着陸した。
機体両側の窓の奥に、高感度の赤外線センサーや光学センサー、それに、機体各所の出っ張りに電子センサーを備えたこの機体は、北朝鮮等の弾道ミサイルの飛翔状況を調べる専門の偵察機、RC‐135Sコブラボール。アメリカ空軍、というより、西側全体で、たった3機しか存在しない特殊な偵察機だ。
このコブラボールは着陸から約5時間後、周囲が真っ暗になってから横田基地を飛び立った。
コブラボールは、空中給油機によって飛行しながら給油されれば、18時間以上ミッション飛行を継続できる。従って、中国のICBMが発射、飛行を前に、コブラボールは「監視」を開始していた可能性もあるだろう。
中国が、従来のように、内陸部に向かって発射していれば、たとえ、中国からアメリカへ事前通告があっても、中国やその周辺国の領空やその周辺の空をミサイルや機関銃などの装備が全くない無防備のコブラボールが飛んで、中国の弾道ミサイルの飛翔・追尾データを得ることは全く考えられないことだろう。
しかし、44年ぶりに中国のICBMが、飛翔距離のほとんどを公海である太平洋の上空に向けて発射されたらどうなるか?
事前通告を受けたアメリカ軍は、コブラボール弾道ミサイル発射監視機で、飛行空域がほとんど制限されることなく飛ばし、ミサイルの飛翔データ、発射後どれくらいの時間で、第一段と第二段、第二段と第三段が分離し、弾頭がどれくらい機動して飛ぶのか等、詳細なデータを集めることができたのではないか。
もちろん、アメリカ軍の弾道ミサイル監視手段は、コブラボールだけではない。この他に、アメリカ軍は、弾道ミサイル追跡用の巨大なレーダー、コブラキングを搭載したミサイル追跡艦「ハワード・O・ローレンツェン」も運用しており、事前通告が十分、早ければ、同艦もイージス艦とともに、「監視」に参加していたかもしれない。ハワード・O・ローレンツェンも、自由に航海できる公海から監視できるかどうかで大きな違いが出るだろう。
また、アメリカは、地球から約3万6000km離れた静止衛星軌道上に、弾道ミサイルの噴射炎や弾頭部の大気圏再突入の際に出る「熱」を24時間365日感知する早期警戒衛星を並べている。発射の瞬間から、噴射を捕捉することで、「敵」ミサイルがどのように飛んでいるかを掌握する。
しかし、事前に相手国から試験発射だと事前通告があれば、そのミサイル発射は、本当の戦争のための発射という最悪の「誤解」を避けることができる。
早期警戒衛星が掴んだデータは、地上の受信・解析所に送られ、分析されるが、西側で最大の早期警戒情報受信・解析施設のひとつは、オーストラリアに設置され、アメリカとオーストラリアが共同で運用している「パインギャップ共同防衛施設」(Joint Defence Facility Pine Gap:JDFPG)だ。10基以上の巨大なレドームが立ち並び、ロシアや中国、北朝鮮、イランなどの弾道ミサイルの監視や通信傍受も行っているとされる。
早期警戒衛星は24時間無人で対応しているが、パインギャップのような地上施設は「事前通告」があれば、それなりの態勢を組むことが可能になりそうだ。
いずれにせよ、中国は、アメリカなど西側諸国に上述のような様々なセンサーが存在・稼働していることを承知の上で(1)事前通知を行い、しかも、(2)ICBMを、意図的に西側の種々のセンサーがデータを採りやすい飛ばし方にしたのかもしれない。
中国側にとっては、米国をはじめとする西側諸国の厳しい視線を緩和するとともに、アメリカはじめ、西側諸国の弾道ミサイル監視センサーの能力をはかるきっかけとなるかもしれない。
前述のARMY RECOGNITIONの指摘のように、中国が核保有拡大を目指しているとしても、「信頼醸成措置」を並行してすすめるなら、アメリカ国防総省の副報道官が「歓迎」の言葉を述べるのも当然のことかもしれない。
しかし、気になることもある。
中国の最新鋭の攻撃型原潜で、操縦性を高めるX字型の舵が特徴の周級潜水艦の1番艦が、今年5月か6月にドック内で沈没したが、3カ月以上たっても「中国人民解放軍(PLA)からは、この事件についてのいかなる発言も出ていない」(英ガーディアン 26日付)という。
この潜水艦の原子炉は、沈没でどうなったのか。それを明らかにしていないというのも中国軍の一面であるとすれば、中国との「信頼醸成」を考える場合に、視野に入れておくべきことかもしれない。
ウクライナの越境攻撃に手を焼くロシア
中国が核兵器の信頼醸成措置について、アメリカから歓迎される行動をする一方、ウクライナ侵攻を続けるロシアは核兵器大国として、ウクライナを支援する西側諸国を牽制してきた。
ウクライナ侵攻開始から約2カ月後の2022年4月に成功した新型大陸間弾道ミサイル、RS-28サルマトの発射、飛行試験は、その典型であったかもしれない。
最大射程18000kmのサルマトは、最大16個のMIRV(複数個別誘導再突入体)、または、アヴァンガルドのような複数のHGV(極超音速滑空体)を搭載可能とされる。
ロシア軍は、ウクライナ東部に侵攻し、ウクライナ各地へのミサイル攻撃やグライダー誘導爆弾による爆撃を継続している。
8月30日には、ウクライナ第2の都市ハリコフがロシアの誘導爆弾による攻撃を受けた。
一方、ウクライナ軍は、ロシアのクルスク州に侵攻。第225 独立突撃大隊「ブラック・スワン」が8月から越境攻撃している様子が8月29日公開された。
ところが、9月に入って、ウクライナ国境から400km以上離れたロシア西部トベリ州トロぺツにあったロシア軍の弾薬集積場にウクライナ軍のドローン攻撃があり、大規模な爆発が連続し、9月22日には、衛星画像で直径約82mのクレーターが確認出来たところもあった。
ウクライナ軍は、トロぺツの弾薬集積場には、イスカンデル短距離弾道ミサイル、 グライダー誘導爆弾、砲弾などがあったとみていた。
ロシアが核兵器による恫喝再開か
ウクライナ軍の粘りは、西側諸国の支援にあるとみたロシアのプーチン大統領は25日「非核保有国によるロシアへの侵略であっても、核保有国が関与または支援している場合は、ロシア連邦に対する共同攻撃とみなす」として、ロシアに対し通常兵器の攻撃であっても、核保有国が支援していれば、核兵器を使用する可能性があると西側諸国に対し警告した。
その上で、ロシアによる核兵器使用の条件は明確に定められているとし、ロシアに対するミサイル、航空機、ドローン(小型無人機)による大規模な攻撃の開始を検知した場合、核兵器使用を検討すると表明した。再び、核兵器による恫喝が始まったかのようだった。
プーチン大統領の警告はどのように受け取られたのか?
25日、国連総会を機にニューヨークで開かれた、ウクライナの復興支援に関する首脳級会合の参加者たちは、アメリカのバイデン大統領、EUのフォンデアライエン委員長を中心に記念撮影を行った。
ロシアは、2024年9月初めにRS-28サルマト大陸間弾道ミサイルの発射試験に失敗。竪穴式の強固なミサイル発射装置であるサイロがあった場所には、直径約60mのクレーターが残った。
中国とロシアの西側に対する自国の核兵器態勢の姿勢は、ずれ始めたのだろうか?
核による威嚇を行うためには、少なくとも核運搬手段の試験に成功し続けることが必要とされそうだ。
【執筆:フジテレビ特別解説委員 能勢伸之】
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