11月投開票の米大統領選に向け、副大統領候補の討論会が10月1日午後9時(日本時間2日午前10時)からニューヨークで開かれ、民主党のウォルズ・ミネソタ州知事(60)と共和党のバンス上院議員(40)が対決。主役の大統領候補に比べると地味な脇役だが、実は内政や外交で重要な役割を担っている。(ワシントン・浅井俊典)

◆かつては「人類が作った最も不要な職」と呼ばれたが

 「討論会は副大統領としての資質を問うだけではなく、万が一の事態が起きた場合、世界で最も大変な仕事を引き継げる人物かどうかに関するものだ」。1988年の大統領選で民主党の副大統領候補となった故ロイド・ベンツェン元財務長官は、副大統領候補討論会の意義をこう表現した。

副大統領候補の民主党ウォルズ氏(左)と、共和党バンス氏=ミネソタ州公式サイト、米上院公式サイトから引用

 副大統領は上院議長を兼務し、大統領に不測の事態が起きた際には、昇格して後継となる要職だ。ただ、初期の副大統領は上院議長が主な役割という状態が建国以来、1世紀以上にわたって続いた。  これは合衆国憲法が「執行権は大統領に属する」と明記して権力を大統領に集中させた一方、副大統領の権限記載がほとんどなかったため。初代副大統領アダムズは「人類が作った最も不要な職」と呼んだ。

◆過去9人が「昇格」 大統領死亡、辞任で

 それでも大統領職の継承権第1位であることは、米国史の中で重要な役割を果たしてきた。歴代大統領45人のうち9人が在任中の死亡や辞任で任期を全うできず、副大統領が昇格して重責を担った。1963年に暗殺されたケネディ大統領の後継となったジョンソン副大統領らが有名だ。

黄色は後に大統領就任。敬称略

 近年は副大統領の責務が拡大しており、国内外の主要問題を大統領から委任され、信頼される「副官」としての仕事も担う。1970年代にはカーター大統領が、それまで別棟だった副大統領執務室をホワイトハウスに移させた。当時のモンデール副大統領は毎週、大統領と昼食をともにする慣例を残し、正副大統領が二人三脚で内政や外交に取り組む形を示した。

◆陰の実力者 大統領の要求を拒否したことも

 ブッシュ(子)政権で副大統領を務めたディック・チェイニー氏は、「陰の大統領」と評されるほど権力をふるった実力者。クリントン政権で地球温暖化の危機を訴えたゴア氏は、退任後にノーベル平和賞を受賞した。ペンス前副大統領は、大統領選の結果を覆すよう求めたトランプ氏の要求を上院議長として拒否し、憲法上の役割を果たした。  選挙や不測の事態を受けて大統領になった副大統領は、これまでに15人いる。オバマ政権で副大統領を務めたバイデン大統領に続き、ハリス副大統領も当選を目指す。副大統領職に関する著書があるセントルイス大のジョエル・ゴールドスタイン名誉教授は米メディアに対し「副大統領職は大統領を目指す上で最良のジャンプ台」と指摘する。

◆2人とも「激戦州」中西部の出身

 副大統領候補は「ランニングメート(伴走者)」と呼ばれ、政治経験や地盤など大統領候補の弱点を補う人物が起用されることが多い。ウォルズ、バンス両氏とも激戦州がある中西部の出身で、選挙結果を左右する中間層や労働者層にアピールする役割が期待されている。  激戦州のうち、製造業が衰退した「ラストベルト(さびた工業地帯)」の東部ペンシルベニア、中西部ミシガン、ウィスコンシンの3州は、民主党の支持基盤だった白人労働者が多いが、2016年はトランプ氏がこの層を切り崩して3州を制し、大統領に上り詰めた。2020年はバイデン氏が3州とも奪い返して勝利。ウォルズ、バンス両氏が競って「自分こそが中西部の代弁者だ」と訴えるのは、勝敗の鍵を握る労働者の共感を得ようとするためだ。

◆庶民派ウォルズ氏vs貧困層出身バンス氏 激しい「場外戦」も

 ウォルズ氏は中西部ネブラスカ州の人口400人の町で育ち、州兵や高校の社会科教師、アメリカンフットボール部のコーチ、下院議員を経てミネソタ州知事になった。気取らない言動や「中西部の裏庭でバーベキューをしているような人」と評される庶民派のキャラクターで、労働者層の取り込みを図る。  対するバンス氏は中西部オハイオ州の貧困家庭に生まれ、白人労働者の悲哀を描いた著書「ヒルビリー・エレジー」がベストセラーとなって脚光を浴びた。自身の境遇を強調して貧困層に寄り添う姿勢を示す一方、労働組合の支持や子育て世代への支援など民主党のお株を奪うような政策で中間層にアピールする。  2人は討論会前から激しい「場外戦」を繰り広げた。ウォルズ氏は、名門エール大法科大学院を修了したバンス氏を「シリコンバレーの億万長者から資金援助を受けてキャリアを積んだ。米国の中間層じゃない」と批判。バンス氏は「働きながら学び、何かを成し遂げたというアメリカンドリームをティム・ウォルズは悪だと考えている」と応戦した。 

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