パレスチナ自治区ガザでイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が始まってから7日で1年になった。紛争はレバノンやイランを巻き込み、地域紛争に拡大。現地からは悲痛な声が届く。人道危機がいっそう深まる中、日本はどう向き合っていくべきなのか。(西田直晃、山田雄之)

◆深刻な生活必需品不足も「私たちは逃げられない」

 「対立する2者の間で、私たちは逃げられず、外出もままならない。私たちを(死者数などの)数字で扱ってほしくない」

ガザ停戦を願ってスマートフォンを手にキャンドルアクションをする人たち=5日、東京都港区の増上寺で(市川和宏撮影)

 3日、日本国際ボランティアセンター(JVC)が主催したオンラインの現地報告会。JVCスタッフでガザ在住のバッシャール・アブー・ザーイド氏(32)は言葉に力を込めた。  現地では物資不足が深刻という。「この夏は水や医薬品が手に入らず、衛生用品の値段は従来の3倍以上に跳ね上がった。7割超の地区でごみが回収されず、皮膚病の感染が拡大してしまったためだ」とバッシャール氏。雨期である冬はテントの重要性が増すが、「ナイロン製のテントは500ドル(約7万円)を超え、布製で我慢することになる。これでは雨を防げない」と嘆いた。  こうした生活必需品を入手するため、市民は支援物資の転売や物々交換の必要に迫られている。「経済は破綻した。失業者、イスラエルと取引関係があった会社経営者の多くは今、路上に立って、手元の物資を売ったり、人と交換したりしている」と説明。物価は急騰し、金融機関は営業しているものの、現金を引き出す手数料は15〜20%に達するという。

◆子どもたちの心の傷に目を向けるべき

 「避難民と地元民が混在し、風習の違いから衝突も起きている」と190万人以上の避難民が生じているガザの日常に言及。「母親たちに余裕はない。学校が閉鎖され、子どもたちの精神面をケアするには国際NGOの活動に頼るしかない」と話すが、NGOの活動も戦闘で制約されている。  バッシャール氏は危惧する。「このままでは、ガザの子どもたちは『戦争世代』として育ってしまう」  住民の精神的な後遺症を危ぶむ声は他にも。ガザ出身の医師で、イスラエルの病院での勤務経験があるイゼルディン・アブラエーシュ氏(69)は訪日中の4日、東京都内で会見した。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を念頭に「死者数のような短期的な衝撃も重要だが、『心の傷』のような長期的な衝撃に目を向けるべきだ」と語った。

会見で即時停戦を訴えるイゼルディン・アブラエーシュ氏=4日、東京都千代田区で

 「パレスチナの子どもたちはずっと、トラウマを抱えながら生まれ育っている。紛争の悪影響は累積し、世代を超えて連鎖してしまう」と強調。「紛争が長引くほど、日常的な行動や態度にとどまらず、成人後にも悪影響を及ぼす。暴力を振るい、将来的に過激主義者の勧誘に応じることになるだろう」と指摘した。

◆ガザの子どもたちの1万4000人以上が空爆で死亡

 そして、こう訴えた。「結局、みんなが苦しむことになる。だからこそ、即時停戦が必要だ」  国連人道問題調整事務所によると、ガザの死者は4万1000人を超え、約200万人の人口のうち4分の1が壊滅的な飢餓に陥る恐れがある。  5日、パレスチナ支援に携わるNGOなどが共催した「停戦を、今すぐに。」と題する報告会で、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの金子由佳氏は「ガザは人口の半数近くが18歳未満で、既に子どもたちの1万4000人以上が空爆で死亡した。近年の戦争で最悪だ。今、起きているのは、子どもに対する戦争だ」と危機感を募らせる。

即時停戦を求める金子由佳さん㊧たち=5日、東京都港区の増上寺慈雲閣で

 「収束の兆しはまるで見られない。イスラエル国内にも停戦を望むような世論は形成されていない。人質の全員奪還など大きな成果があれば別だが、ネタニヤフ政権に恒久停戦する気はないだろう」。東京大中東地域研究センターの鈴木啓之特任准教授は、戦闘の行方について厳しい見通しを示す。

◆「2国家解決」は完全に崩壊してしまった

 ガザでは多数の市民が死亡し、インフラも大きく破壊された。一方で、イスラエルもハマスによる攻撃を受け、パレスチナ人への嫌悪感が強まっているといい、鈴木氏は「互いを和平パートナーと見なせる状況ではなくなった。将来のパレスチナ国家とイスラエルが共存するという2国家解決アプローチは完全に崩壊してしまった」とみる。  「想定していた以上の深刻さ」と鈴木氏が漏らすのは、戦闘が中東地域に拡散してしまったことだ。  イスラエルは、ハマスと共闘姿勢を示す親イラン民兵組織ヒズボラの拠点があるレバノンへの地上侵攻を開始。ヒズボラの後ろ盾となるイランは弾道ミサイルでイスラエルへの攻撃に踏み切り、イスラエルは反撃の構えを見せている。  産油国イランとイスラエルの対立の激化で、エネルギー価格高騰の懸念が膨らむ。エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の野神隆之首席エコノミストは「イスラエルがイランの石油生産施設を攻撃対象とする可能性が否定できないため、市場の不安感が原油相場の上昇につながっている」と分析する。

◆物価高に追い打ちも…日本もひとごとではない

 輸入量の約9割を中東地域に依存する日本にとっても、ひとごとではない。野神氏は「イランの輸出が滞れば、欧米諸国などと取り合いになり、原油相場を押し上げる可能性がある」。原油価格が上がれば、原油由来の燃料や化学製品、天然ガスの価格も連動して上昇するため、物価高に追い打ちがかかる恐れがある。  日本は戦闘終結に向け、どう取り組むべきか。  日本女子大の臼杵陽教授(中東研究)は「日本は長年にわたり、中東地域と独自の外交関係を築いてきた。中東問題に直接的に関わっておらず良い意味で第三者の立場だ」とした上で、「ガザでの戦闘はイスラエルが主張するような『対テロ戦争』ではなく、見せしめ的な集団殺りくになっている。ネタニヤフ政権にはっきりと自制を求めるべきだ」と強調した。

イスラエル寄りの姿勢を取るバイデン政権などに抗議する学生たち=4月26日、ワシントンで(鈴木龍司撮影)

 岸田政権時代の1月、日本は欧米に追随し、ガザでの人道支援を担う国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出を一時停止した。ハマスによるイスラエル攻撃にUNRWAの一部職員が関わった疑惑が理由とされたが、人道危機の中での「集団懲罰」との批判を受けた。

◆国際的な停戦圧力を無視するイスラエルに

 一方、9月の国連総会では、イスラエルに対してヨルダン川西岸と東エルサレムで続く入植活動を1年以内に終わらせるよう求める決議案が賛成多数で採択された際、米国が反対する中で日本はフランスなどとともに賛成している。  東京外語大の黒木英充教授(中東研究)は「イスラエルは米国が後ろ盾にいることで自信を深め、国際的な停戦圧力を無視している」と指摘。「日本は国連総会で米国に追従しない立場を示したようにもみえるが、対応としては足りない。イスラエルにもっと強い圧力をかける必要がある。在京の同国大使に働きかけるなど、社会や世間に伝わるよう取り組むべきだ」と話す。

超党派の人道外交議員連盟の会合で6月、ガザ支援に携わるNGO関係者から現地の窮状について聞く石破氏(左端)=国会内で

 黒木氏は石破茂・新首相に「この問題は手のひら返しをしないでほしい」とくぎを刺す。石破氏は以前、人道外交議員連盟の前身である超党派の勉強会に参加し、ガザ地区の早期停戦の必要性に言及したという。  黒木氏は「ガザ、そしてレバノンの人たちは本当に大変な状況だ。首相は自身の認識に沿って毅然(きぜん)とした姿勢を貫いてほしい」と求めた。

◆デスクメモ

 「ルールを守る」「人権を守る」。石破首相は所信表明や記者会見で口にする。ガザの現状はルールや人権の尊重から程遠い。イスラエルの度を越した報復は国際人道法違反の疑いがある。人道外交議連で石破氏は会長を務めていた。戦闘終結に向け力を尽くせるか。姿勢が問われる。(北) 

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