11月のアメリカ大統領選に向け、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領と共和党のドナルド・トランプ前大統領が大接戦を繰り広げる中、内戦状態となった架空の米国を舞台にした映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が公開中だ。アレックス・ガーランド監督は「民主主義やメディアのあり方について問いかけたい」と分断が進む世界に警鐘を鳴らす。(住彩子)

映画「シビル・ウォー」について話すアレックス・ガーランド監督=東京都千代田区で(池田まみ撮影)

◆トランプ氏は誠実さや礼儀に欠けている

 米国では4月に公開され、バイデン大統領が強い関心を示すなど、一躍注目を浴びた。その裏には、分断の果てにある内戦を絵空事と切り捨てられない米国の現実がある。中道左派を自認する英国人のガーランドさんは、事実をゆがめた発信もするトランプ氏は「誠実さや礼儀に欠けている」として、国内で対立を生む一因になってきたとみる。  国民の分断が深刻化するのは「(対立する)双方のコミュニケーションが崩壊しているからだ」とも指摘。「右派の人たちが聞く耳を持ってくれても、私が話し始めると6ワードくらいで、もういい、と言う。同じ傾向が左派にもある」

映画の一場面©2023 Miller Avenue Rights LL; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

 対話への希望を込め、自ら書いた脚本では、登場人物たちの思想をはっきり示さなかった。「右派も左派も遮断してしまわないよう、最後まで見て話し合えるような展開を意識した」と語る。

◆メディアは政治のプロパガンダマシンと化した

 しかし現実には、対立はメディアにも及んでいる。「左派はFOXニュースを信じないし、右派はCNNを信じない」。ガーランドさんは「欧米メディアがなぜ信頼できないのか。それは責務よりブランド重視に走っているからだ」と語気を強めた。  実際、ウォーターゲート事件で当時のニクソン大統領を辞任に追い込んだワシントン・ポスト紙のスクープを例に「かつては人々が大手メディアを信じていた」と話す。凋落(ちょうらく)の原因について、インターネットや交流サイト(SNS)の台頭とともに、メディア自身の責任を強調。採算重視で「政治のプロパガンダマシンと化した」と手厳しい。  作品の主人公は報道カメラマンらジャーナリストだ。権威主義的な大統領の単独インタビューのスクープを取るため、カメラマンたちはニューヨークから首都ワシントンまで、内戦状態の国内を移動する。道中、正体不明の武装勢力や略奪者たちに遭遇するが、彼らは「私たちは記録するだけ」と、カメラを手にひたすら首都を目指す。

◆1カ月を切った大統領選 Z世代に注目

 立場を鮮明にする今のメディアとは対照的に、現場をそのまま記録する昔ながらの手法。ガーランドさんは、中立的なジャーナリズムへの回帰の願いを込めたという。  民主主義の役割については「市民生活をより良くする点では失敗しているが、ファシズムを防衛する面では成功してきたといえる」と話す一方、先行きは不透明だと考えている。今回の大統領選では、米国の人口(約3億3000万人)の約2割を占め、人権や環境などの社会問題に関心が強いZ世代と呼ばれる若者たちが結果を左右するとみて、その投票行動に注目している。

アレックス・ガーランド 1970年ロンドン生まれ。小説家として「ザ・ビーチ」などの著作がある。脚本家に転身後、「エクス・マキナ」(2015年)で監督デビュー。同作でアカデミー賞視覚効果賞を受賞した。



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