2024年4月16日、イギリス議会下院で与野党の賛成多数により、若者へのたばこ販売を禁止する法案が可決された。今後下院で最終審議を行い、上院でも可決されると法案成立となる。

世界で最も厳しいたばこ規制法に

この法案は、2009年以降に生まれた人に対してイギリス国内でたばこの販売を生涯禁止とする内容。現在は18歳以上がたばこを購入できるが、これを2027年以降、毎年1歳ずつ引き上げて、2009年以降に生まれた人が18歳になっても、生涯たばこを買えないようにするものだ。

ただ、たばこの所持や喫煙自体は禁止しておらず、イギリス国外で購入する場合は違反とはならない。また、現在たばこを購入できている世代については、引き続き購入に制限はない。

テラス席でたばこを吸う人
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ニュージーランドでも同様の規制法が2024年7月から施行予定だったが、総選挙による政権交代で撤回された。マレーシアでの同様の法案も、司法機関が年齢によって異なる法の適用をすることは不平等であると判断したため、2023年に撤回されたと現地メディアが報じている。

「歩きたばこ」「ポイ捨て」も…イギリスの喫煙事情

2021年の経済協力開発機構(OECD)の統計によると、15歳以上の日本の喫煙率は16.7%に対し、イギリスのほうが12.7%と低い。しかし、日本よりも路上で喫煙している人を頻繁に見かけるため、「喫煙者フレンドリーな国」のように感じてしまう。

「歩きたばこ」をする人

日本では、渋谷のスクランブルスクエア近くの喫煙所で、人が入りきらないために順番待ちの列ができている様子が見られるなど、決められた喫煙エリアでたばこを吸うのが一般的だ。最近では、喫煙者にとってオアシスとも言われていたコンビニ前も禁煙ステッカーが張られる場所が増えるなど、日本での喫煙者の肩身は狭くなりつつある。

路上に置かれた灰皿付きごみ箱

対してイギリスでは、パブやレストランを含め建物内では全面禁煙だが、建物から一歩外に出れば基本的にどこでもたばこを吸える。首都ロンドンでも、カフェのテラス席に灰皿が置かれているのは当たり前で、街中のごみ箱には灰皿がついているものもある。パブの外でビールジョッキを片手にたばこを吸う人、建物から出てきた瞬間にたばこに火をつける人などはまだいいのだが、「歩きたばこ」や「ポイ捨て」を頻繁に見かけるため、イギリスの喫煙者は日本に比べてマナーが悪いと感じることが多い。

医療体制への負担軽減を期待

一見「喫煙者フレンドリーな国」と感じてしまうイギリスだが、喫煙によって国民医療制度に大きな負担がかかっているとし、喫煙者を増やさない政策の必要性が叫ばれていた。

広場でたばこを吸う人たち

政府によると、現在喫煙が原因による病気での死者は年間約8万人。喫煙者の80%は20歳になるまでに喫煙習慣ができているため、若者の喫煙開始を防ぎ、「非喫煙世代」を作ることで、国として将来的に「喫煙のない社会」を目指しているという。具体的には、今回の規制によって2100年までに最大47万件の脳卒中、心臓病、肺がん、その他の肺疾患を防ぐことができるとの見立てだ。また、医療コストを毎年30億ポンド(約5800億円)削減する効果があるとしている。

イギリス国民の反応は

たばこ規制法についてさっそく街で意見を聞いてみた。

喫煙者「わたしたちの選択の自由を奪っているし、これが通るなら次は何が待っているかわからない。飲酒も禁止される?国があらゆることを制限できてしまうことに不安を感じる」

非喫煙者「人々の選択をコントロールすることは好きではないが、受動喫煙の問題も考えると、公共のためにはいい政策だと思う」

一服中の人にも話を聞いてみた

喫煙者「糖分の多い飲み物や食べ物など、健康を害する要因はそこら中にあるのに、たばこだけ禁止するのは道理に合わない。それに、“たばこが違法”という事実をクールだと感じる若者は、購買意欲を余計にそそられる可能性だってある」

非喫煙者「喫煙に伴う病気に対処するため、公的な医療機関が相当なお金をかけているのは明らか。政府がその問題を真剣に捉えているのはいいこと」

テラス席に残ったたばこの吸い殻

人々の自由を制限することへの反対意見も聞かれたが、全体的に世間の喫煙に対しての風当たりは強い。2023年に行われた大手調査会社YouGovによる、喫煙に関する世論調査の結果では、24%が「いかなる禁止もすべきではない」と答えたのに対して、33%が「たばこ規制法を支持」、22%が「全ての世代の喫煙を禁止すべき」と回答した。

たばこの規制に対して支持する声が全体の62%(YouGovより)

その一方で、規制の有効性について疑問の声が上がっている。

非喫煙者「今もイギリスは他国に比べてたばこの金額が高いので、闇業者が安く販売しているのを見かける。新たな規制により、違法な市場を利用する人を増やしかねない」

喫煙者「日本のほうがよっぽどいい政策をしている。先月日本に行った際、喫煙所でないとたばこが吸えず、結果的に喫煙量がかなり減った。イギリスは屋外どこでも喫煙できるので、喫煙場所を制限した方が効果があると思う」

「喫煙のない社会」は実現するのか?

イギリスのたばこ規制策はすでに厳しい。取材した店のマールボロ1箱(20本入り)の値段は、22ポンド(約4300円)。対して日本は600円なので7倍以上の値段だ。ちなみに、イギリスでは最低価格を保証するための特別な税金(Minimum Excise Tax)が設定されているものの、たばこの値段自体は店によって自由に設定できる。平均的には16ポンド(約3100円)前後で売られている印象だが、店によっては値段を上乗せしていることもあるようだ。一本が215円と考えると、たばこに火をつけることを躊躇ってしまうかもしれない。

店ではたばこが棚に隠されていて、客からは見えない

実際、たばこの値段高騰により、イギリスでは手巻きたばこが主流となっている。国家統計局(Office for National Statistics、ONS)によると、男性喫煙者の44.8%が手巻きたばこを吸っており、箱入りたばこの40.1%を上回った(2019年時点)。手巻きたばこは1袋30gで平均20ポンド(約3900円)前後だが、箱入りたばこの3~4箱分の量を巻くことができるので、安さを理由にかなり普及している。

手巻きたばこの袋 ※写真のたばこはイギリスで買ったものではないそう

パッケージや製品に対する規制もある。どのメーカーも一律こげ茶色で、腐食した肺や幼児の写真などと共に健康被害を警告するメッセージが大きく掲載されており、銘柄の違いは見た目からはわからない。また、普通のたばこよりも苦味が少なくて吸いやすいとされるメンソールのたばこは販売が禁止されるなど、たばこを魅力的に見せないようにあらゆる規制が敷かれている。

日本でもよく見る「ラッキーストライク(左)」と「マールボロ(右)」。一見違いがわからない

このような政府の政策もあってか、ONSによるとイギリスの喫煙率は2011~2022年の約10年間で6.7%下がった。新たな規制法により若者がたばこを購入できなくなれば、狙い通り「喫煙のない社会」に一歩近づくのだろうか。

“世界で最も厳しい”ものとなるたばこ規制法は果たして成立するのか?成立したとしても、望む効果は得られるのか?今後の動きに注目していきたい。
(FNNロンドン支局 長谷部千佳)

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