◆「利用者マニュアル」独自入手

 中国政府が巨大経済圏構想「一帯一路」に参画して海外に進出する自国企業に対し、直接やりとりできる独自のスマートフォンアプリを通じて、現地の治安状況や企業情報などを定期的に報告させていることが分かった。官民一体で各地の情勢を迅速に把握し、自国の利益確保につなげようとする中国の情報戦の一端が垣間見える。(東京新聞取材班)  東京新聞は「安全なシルクロード」を意味する「平安絲路(へいあんしろ)」と名付けられたアプリの「利用者マニュアル」を入手した。2022年8月に作成され、各ページの右上部には「利用者限り。インターネットでの拡散を固く禁ず」との記載がある。

 一帯一路 中国の習近平国家主席が2013年、古代のシルクロードを念頭に提唱。中国と東南アジア、中東、欧州を陸路と海路でつなぎ経済的な一体化を進める構想で、150超の国が参加する。中国の巨額の財政支援を背景に、沿線国で鉄道や港湾などのインフラ整備を進めてきた。一方、スリランカなど一部の発展途上国は過剰融資で借金漬けとなり、インフラを差し押さえられるなど「債務のわな」の問題も浮上。反中感情が高まっている国もあり、パキスタンでは3月、ダム建設事業に参画する企業の車が襲撃され、中国人技師5人が死亡する事件が起きている。

◆iPhoneでは利用できず

 平安絲路は2017年から運用され、中国外務省で対外的な国家安全保障問題を担当する渉外安全事務局が管理している。世界各地で一帯一路のプロジェクトに関わる中国企業のネットワークを使い、公的機関の人員を配置できない土地でも情報を収集。リスクを評価し、自国民や企業、海外資産の保護に役立てる狙いがあるとみられる。  一般のアプリストアからはダウンロードできず、登録には各地の在外公館の認可が必要となる。「内容が敏感」なため、iPhone(アイフォーン)の基本ソフト(OS)では利用できず、アンドロイドでのダウンロードに限られるという。使用時は、規制を回避できる仮想専用線(VPN)の利用を求めるなど秘密保持を徹底している。

東京新聞が入手した、「平安絲路」と名付けられたアプリの利用者マニュアルの写し

 利用者マニュアルによると、アプリは海外進出企業に災害や安全にまつわる情報を提供する一方、企業の従業員を「連絡員」として登録させ、四半期ごとに、事業展開する地域や従業員数、米ドル建ての投資額、プロジェクトの進捗(しんちょく)などの活動状況を報告させている。他国企業との合弁会社も対象の可能性がある。

◆「一帯一路」参加企業をコントロール

 突発事件に関する「ワンクリック報告」という機能も備えている。戦争やテロ攻撃、拉致、外国人労働者との衝突、デモなどの事案が起きた際、発生時間や場所、事件の詳細を報告し、写真や動画をアップするよう要請。外務省の担当部局からの呼び掛けに応じて、ビデオ会議を開催する機能も設けられている。

東京新聞が入手した、「平安絲路」と名付けられたアプリの利用者マニュアルの写し

 関係者は平安絲路について「一帯一路の参加企業をコントロールし、中国外務省の目的に合致するデータを掌握する狙いだ。情報収集は(一帯一路以外の)投資環境にも拡大される恐れがある」と指摘する。  中国企業を巡っては、北京字節跳動科技(バイトダンス)が運営する動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を通じた中国政府へのデータ流出とそれに伴う安全保障上の懸念が、米国で広まっている。関係者は「例えば、バイトダンスが同様の情報収集ネットワークに加わっても、誰かが暴露しない限り、それを知ることはできない」と語り、危うさに懸念を示した。 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。