アメリカ大統領選は、民主党候補のハリス副大統領(60)と共和党のトランプ前大統領(78)の支持が拮抗(きっこう)する大接戦のまま、5日の投開票日を迎えた。東京新聞の特派員がこれまでに訪れた激戦州の様子を振り返る。(浅井俊典、鈴木龍司)

◆【ネバダ】「労働者の味方は…」中南米系へアピール合戦

 全米随一の歓楽街ラスベガスは、10月でも気温が35度に達する。強い日差しの中、地元の料理人組合に加盟する中南米系の女性らが住宅街を回り、「労働者の味方はハリス氏」と訴えていた。

米ラスベガス近郊の住宅街で、有権者の男性(右)にハリス氏への支持を呼びかける料理人組合の女性=10月9日、鈴木龍司撮影

 組合は「州最強の政治勢力」とされ、戸別訪問は2年前の中間選挙でも上院の民主候補を勝利に導いた。今回も「料理人やウエーター、清掃員を動員している」という。  2016、20年の大統領選時に同州を僅差で落としたトランプ氏は今回、サービス業従事者が多い中南米系の票を得ようとチップへの非課税を表明し、ハリス氏も続いた。両氏はそれぞれ、残業代への非課税や最低賃金引き上げも打ち出している。  バラマキ合戦の様相を呈している選挙戦に、地元ジャーナリストからは、財政赤字の拡大を警告する声があがっている。

◆【アリゾナ】人工中絶認める?認めない?揺れる保守

 「女性の権利が奪われようとしている」。フェニックスで雑貨店を営むタラ・ホワイトさん(22)は今夏、人工妊娠中絶を「基本的権利」と明記する州憲法改正の発議に向けた運動に加わった。  トランプ氏が大統領在任中に保守系の判事を指名した連邦最高裁は2年前、中絶の権利を認めた判決を覆した。保守地盤の各州に全面禁止の動きが拡大。ホワイトさんは州最高裁が4月、160年前の中絶禁止法の効力を認める判断を下したことに危機感を抱いた。  トランプ氏は2016年大統領選で「中絶した女性は処罰されるべきだ」などと発言。批判も浴びたが、保守層の支持を固めて勝利した。今回は「各州の判断」にとどめている。  女性初の大統領を目指すハリス氏は女性の権利を前面に、「自由のない時代にしてはいけない」と穏健派の切り崩しを狙っている。(6月取材)

◆【ジョージア】「黒人票」に制限?州法が生んだ分断

 2020年に多様性重視を打ち出した民主党のバイデン大統領(81)当選後、共和党が多数派を占める州議会で成立した州法が、公民権運動の舞台となった土地で分断を生んでいる。  選挙の公正性確保を名目としたが、期日前や郵便での投票で運転免許証など顔写真付きの身分証提示を義務づけた。黒人などマイノリティー(人種的少数派)は免許証などを持たない人が多い。「州法は黒人を標的にし、投票する権利を奪おうとしている」。全米黒人地位向上協会州支部のジェラルド・グリッグス会長(46)はアトランタ郊外の自宅で憤った。  一方で、共和党系有権者組織のデビー・デューリー代表(66)は、前回は投票制度の問題で「選挙が盗まれた」と主張する。  議論はかみ合わないまま、投票ルールの変更で投開票日に不測の事態が起きることを危惧する声も出ている。(9月取材)

◆【ミシガン】「ラストベルト」労働者の支持分かれる

 暗殺未遂事件で銃撃を受けた直後のトランプ氏をデザインした旗が揺れる。デトロイト近郊で夕方、米自動車大手フォードの工場前に労働者らが集まり、帰宅する従業員に「雇用を守るのは彼だ」と訴えた。同氏は電気自動車(EV)反対派として知られる。  「反応は上々だ」とグループのリーダー、ブライアン・パネベッカーさん(65)。ラストベルト(さびた工業地帯)の再興を望む労働者票の確保へ、ハリス氏を支援する全米自動車労働組合(UAW)の切り崩しに自信を見せる。  40万人の組合員を誇るUAWは当初EVに懸念を示したが、「史上最も労組寄り」のバイデン大統領の政策を踏襲するハリス氏と共同戦線を張っている。  白人労働者を「忘れ去られた人々」と呼び、怒りを2016年の大統領選で勝利につなげたトランプ氏。陣営は、再現を狙っている。(9月取材)

◆【ペンシルベニア】鉄鋼の街「雇用が全て」

 「レーバーデー(労働者の日)」の9月2日、ピッツバーグ市街地のパレードでグレーのTシャツを着た集団がひときわ目立っていた。市内に本部を置き、全米で約85万人の組合員を持つ全米鉄鋼労働組合(USW)だ。

米ピッツバーグ市街地をパレードする労働組合員ら=9月2日、淺井俊典撮影

 ラストベルトを代表する「鉄鋼の街」は、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収で揺れていた。USWのデビッド・マッコール会長が「安全保障の問題だ。鉄鋼は米国のインフラの重要な一部なのだから」と訴えた。  買収に反対するハリス氏支持を表明したUSWや主要な労組に対し、同じく反対のトランプ氏陣営は現状に不満を持つ労働者票の取り込みを狙う。  郷土史家ロン・バラフさん(60)は言う。「何が起こるか分からないことが、労働者を不安にさせている。彼らにとっては雇用が全てなん全てなんだ」

◆【ノースカロライナ】共和の支持基盤を崩せるか?民主は「女性初に勢い」

 民主党の大統領候補がハリス氏になって以降、ボランティアや小口献金が急増した。党ダーラム郡委員長の弁護士スティーブ・ローソンさん(41)は、「2008年のような勢いとエネルギー」を感じている。  州内では2008年の大統領選で黒人初の大統領になったオバマ氏以降、民主党候補が勝てていない。女性初を目指すハリス氏ならば再来を狙えるとの期待が、党関係者の間で高まる。  州の大部分を占める農村部で、共和党が強固な支持を集めてきた。しかしダーラムなどは全米最大級の工業地区の一角を占め、研究者やテック企業の社員らが移住。一帯は民主党の牙城となった。  ハリス氏は農村部にも選挙事務所を増やし、トランプ氏は民主党の支持基盤である黒人有権者に秋波を送る。互いに相手の支持層へ食い込みを図っている。(9月取材) 

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