地球柄のカーディガン、米国旗が炎に包まれたデザインのセットアップ――。奇抜なデザインのなかにもどこか優しさとユーモアが漂う米国のブランド「スカイハイ・ファーム・ユニバース」が世界で人気を博している。
着用者にはZ世代のアイコンで歌手のビリー・アイリッシュさんや、韓国のアイドルグループ「ブラックピンク」メンバーのロゼさんなどの名前が挙がる。世界の著名人やアーティストから支持されており、ラグジュアリーブランドのバレンシアガとコラボレーションも果たすなど注目されている。このブランドが唯一無二の存在に映るのは、服のデザインだけによるものではない。
その名前の通り、スカイハイ・ファーム・ユニバースの原点は農場にある。「全ての顧客が寄付者」という考えのもと、ブランドは利益の半分をニューヨーク州にある農場「スカイハイ・ファーム」に寄付する。育てた食材は家のない人が寝泊まりするシェルターや、フードバンクに提供する。
農場は、ニューヨーク州中心部の喧噪(けんそう)から離れ、電車と車で3時間ほど北上したハドソンバレーの一帯に位置する。寒さが和らいだ春先、爽やかな牧草の匂いに包まれた農場を訪れた。
「空豆を植えているの」。畑で働いていた女性が着ていた作業着はスカイハイ・ファーム・ユニバースのものだ。
農場ではレタスやブロッコリー、ピーマンなど約65種類の作物を無農薬で育てている。さらに牛や鶏のほか、農薬や化学肥料に依存しない農法を学びに来る実習生らの教育用に羊6匹も飼育している。
農場のある土地は元々、ブランドの共同創業者で著名現代アーティストのダン・コーレンさんが、2011年に自身のアトリエとして自費で購入した。当時はブランドをつくることは念頭になく、ただ絵画の制作や彫刻のためのアトリエとして使っていたという。
周囲に広がる農場の風景の美しさに魅入られるうち、ダンさんはこの土地も農場とし「栄養価が高く味の良い野菜や肉を生産し、その全てを地元の恵まれない地域に寄付する」という構想を描き始めた。米国のシェルターやフードバンクなどの施設で配布される食料は鮮度が悪く、加工された食品や缶詰ばかりであることに問題意識を持ったためだ。NPO法人化を経て本格的に活動を始めたのは20年のことだ。
活動の費用をまかなうための寄付や助成金以外の資金源として、ファッションブランド「スカイハイ・ファーム・ユニバース」は22年に生まれた。
ブランドの立ち上げが実現したのは、共同創業者で最高マーケティング責任者(CMO)のダフネ・シーボルトさんとの縁があったからだ。ダフネさんはコム・デ・ギャルソンと、系列のショップ「ドーバー・ストリート・マーケット」のPR担当として長年活躍してきた。新型コロナウイルス禍で多くの人が失職し、地域の食料事情が悪化するのを見て農場の活動に深く共感し、参画を決めたという。
「農業従事者たちにとって実用性のあるワークウエアをコレクションの中心に据えたいと常に考えてきました」とダフネさんは話す。実際、ブランドの商品には膝を床につけて作業するために膝部分に生地を重ねたデザインの「ダブルニーパンツ」や元々は雑作業の時に着用する「チョアジャケット」など、農作業や労働者を想起させる作りのものが多い。デニム生地やキャンバス地も多用する。
素材の大半は他ブランドで不要とされたものを活用する。ドーバー・ストリート・マーケットなどのネットワークから、上質なものを厳選して調達している。そのためもあってか、伝統的なワークウエアの武骨さのあるデザインでも、服からは洗練された印象すら漂う。
ダンさんがブランドを立ち上げた背景には「私たちの考えをもっと広範囲に届けたい」との思いがある。「幅広い層に訴求することが必要。すべての人を寄付者にしたいんです」とダフネさんも話す。コンバースのスニーカーといったアイコニックな製品とタイアップしたり、バレンシアガなどラグジュアリーブランドと組んだりするのは、こうした考えからだ。
コレクションには農業や動物のモチーフもさりげなく取り入れられている。ブランドのマネジャーを務めるマティー・フリードマンさんは「なによりも手に取る人が楽しく、興味深く、かっこいいと思える製品を提案したいんです」と話す。
日本では「ドーバー・ストリート・マーケット・ギンザ」(東京・中央)などで取り扱いがある。衣服だけでなく飲料や美容用品などの商品にも広がりを見せている。アートやファッションの領域で昨今注目されている日本人アーティストとのコラボレーションの発表も控える。将来的に提携してみたいブランドとしてはユニクロを挙げる。「高い品質の商品を手に届く価格で生産しているブランド」(ダフネさん)とみる。
農場はこれまでに少なくとも約60トンの良質な野菜、約40トンの肉など動物性タンパク質を寄付した。食に関する格差に加え、環境破壊への問題意識も強い。「土地や自然との関係を考え直し、食料の生産方法を変えなくてはいけない。地球の未来にとって不可欠です」と農場の責任者を務める2人は話す。今後、生産や農業教育の規模をさらに拡大していく予定だという。
服だけでなく人々の生活スタイルをデザインするような活動を広げるスカイハイ・ファーム・ユニバース。ファッション・農業・ビジネスそれぞれの枠にとらわれない姿は、様々な年代や人種、趣味嗜好の人々に浸透し続けている。
弓真名
井田貴子撮影
[NIKKEI The STYLE 6月30日付]
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