2024年は台湾総統選挙、欧州議会選挙、米国大統領選挙など、世界各国で大きな選挙が行われる選挙イヤーです。日本国内では、衆院解散があれば年内にも、任期満了となっても来年10月までに衆院総選挙が行われます。
日本では自民党の政治資金パーティーによる裏金問題や議員の不祥事などで、「もう政治に希望を持てない」「何も期待しない」という人が多いかと思います。
今回の自民党派閥の裏金問題について、国民が何に一番いらだっているかといえば、「政治家にだけ特権が許されること」だと思います。この裏金をそのまま手元に置いているだけならば脱税です。店に行けば、消費税を支払っていることを私たちは毎回実感します。なぜ政治家だけが、政治に必要な資金だからといって税金を払わないですむのでしょうか。誰もが「それはおかしい」と気づいてしまいました。
もし岸田文雄政権が、政治改革によって政治資金の流れを透明化できれば、次回の衆院総選挙で自民党は大きく負けないかもしれません。しかし、中長期で見れば、自民党の力の源泉であった政治資金を使えなくなるわけですから、衰退へ向かうのは必至です。
このまま中途半端な対応が続けば、「自民党には投票しない」「自民党も野党も大差ないなら、野党に投票するか」という人が増えるでしょう。そうなれば野党が手を組んで政権交代が起きる可能性もあると思います。
もちろん、自民党には政策能力や経験値のある議員がたくさんいます。しかし、誰が首相になっても、もう自民一強のような時代はやって来ないでしょう。当面は経済が回復する中で、現政権は「あまり大きな手を打たない」選択をして、支持率がじわじわ低下していくというシナリオが一番あり得るのではないかと思います。
キーワードは「めげない人」
そんな今は、日本の政治を根本的に考え直すときに来ていると感じます。キーワードとなるのが「めげない人」です。くじけずに政治に立ち向かった人たちの本を選んでみました。
今回紹介するのは、『 新訂 福翁自伝 』(福沢諭吉著/岩波文庫)と『 独立国家のつくりかた 』(坂口恭平著/講談社現代新書)の2冊です。
この2人は政治家ではなく、在野の知の人です。個人、市民として、一から政治というものを構想し、実践しています。『福翁自伝』を読むと、福沢諭吉は子どもの頃から手先が器用で、障子の張り替えや雨漏りの修繕などもお手の物でした。自分の手でリアルにモノをつくりあげていく、わが道を切り開いていく、まさに独立自尊、世間の風潮に流されず、机上の理論を上書きする強さが、その後の人生でも貫かれます。
とりわけ若い頃の話が面白いです。オランダ語を学んだのはいいが、これからの世界は英語が大事だと知ると、臨機応変に英語に転じる。大阪の適塾では、大酒のみの塾長として学びの場を率いていく。東京・三田にあった肥前島原藩の空き屋敷を借り上げ、日本初の私立大学となる慶応義塾を設立する。上野の山に砲弾が飛び交う際にも、変わらずに塾を続けるエピソードは圧巻です。実学がベースですが、福沢は政治に関心を持ち、封建社会の打破を訴え、国会開設を主張し、在野の側から新しい憲法と国のかたちを主張していきます。
そんな福沢諭吉の現代版ともいえるのが、坂口恭平さんです。坂口さんの肩書は一言では言えません。大学は建築学科を出ましたが、特に建築らしい建築作品はつくっていません。街頭で演奏をするのでミュージシャンでもあり、本を出しているので作家でもあり、アーティストでもあります。
福沢と共通する手づくり感覚
なんでも自分でつくっていくところ、1人で始めながら、次第にいろいろな人たちとつながっていくセンスは、福沢に通じるものがあります。
坂口さんは2011年の東日本大震災の後、自ら「新政府初代内閣総理大臣」を名乗り、熊本に「新国家」の樹立を宣言しました。『独立国家のつくりかた』では「土地はだれのものでもないはずなのに、なぜ地主がいるのか」「なぜ人間はお金がないと生き延びられないのか」「0円で家ができないか」「お金をかけずに国家がつくれないか」と考え、自ら実践していきます。
「自分で国家をつくる」と聞くと極端な革命家のように思えますが、そうではありません。坂口さんは「壊す人」ではなく「つくる人」。一から人々が協力して共同体をつくり、拡張していくことを政治と捉えています。
例えば本書の中には、自宅向かいのアパートの壁沿いに鉢植えを置いている庭師の話が出てきます。彼は道端で気になる植物を採っては、小さな鉢で育てています。その鉢を向かいのアパートの壁沿いに置かせてもらう代わりに、アパートのちょっとした管理を手伝います。さらに道行く人々に植物の名前が分かるように、鉢植えには植物の名札を差しています。坂口さんは「これは庭師のDIYによってつくられた公立公園だ」と感激します。
このように人々は協力し合うことによって、お金をかけなくても国家はつくれるというのが坂口さんの持論です。
これからの日本は急速に少子高齢化が進み、消費税10%を15%に上げた程度ではとても太刀打ちできません。そんなときに「お金がなくても新しい国家をつくるにはどうすればいいか」という坂口さんの根源的な発想は、大いに参考になると思います。
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牧原 出東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年、愛知県生まれ。専門は行政学。東京大学法学部を卒業後、東北大学法学部助教授、同大学大学院法学研究科教授等を経て、2013年4月より東京大学先端科学技術研究センター教授。著書に『内閣政治と「大蔵省支配」 政治主導の条件』『行政改革と調整のシステム』『権力移行 何が政治を安定させるのか』『「安倍一強」の謎』『崩れる政治を立て直す 21世紀の日本行政改革論』『田中耕太郎 闘う司法の確立者、世界法の探究者』など。
(取材・文:三浦香代子、構成:桜井保幸=日経BOOKプラス編集、写真:木村輝)
[日経BOOKプラス2024年5月22日付記事を再構成]
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