「たとえ空きが出ても」

重度の知的障害と自閉症のある宮澤玄太さん(42)。

両親が暮らしている東京・江東区の自宅を離れ、現在は青森市内のグループホームで暮らしています。

玄太さんは自分を傷つけるなどの行動がみられる「強度行動障害」です。

水へのこだわりが強く、気持ちが不安定になると水を飲み続けて意識を失ってしまうことがたびたびあったといいます。

青森に移る以前は、平日は自宅近くのグループホームで過ごし、休日は職員が足りないため自宅に戻る生活を続けていました。

そうした中、母親の幸江さん(73)に乳がんが見つかりました。

玄太さんと母親の幸江さん

玄太さんの父も大けがで入院。

自宅で家族の介護を受けながら過ごすことが難しくなりました。

幸江さんは、都内や周辺の県で、玄太さんが利用できる重度の知的障害がある人向けの入所施設やグループホームを30か所以上見学して回りました。

しかし、すべてが満員で待機者がいたほか、玄太さんの特性への対応は職員への負担が大きいとして、「たとえ空きが出たとしても受け入れはできない」と利用を断られたといいます。

片道5時間 会いにいく生活

「重度の知的障害者でもすぐに入居できるグループホームがある」

行き先が見つからない中、幸江さんは知人からそんな話と聞きました。

その場所は、青森市でした。

“自宅やふるさとから遠く離れてしまう”

幸江さんは悩んだものの、利用を決断したといいます。

母の幸江さん

玄太さんが青森で暮らし始めて2年ほどは環境に慣れずに暴れてしまうこともありました。

当初は心配が絶えませんでした。

しかし、スタッフの専門的な支援のおかげもあり、入居から8年がたった現在は落ち着いた生活を送れているということです。

幸江さんは時間を見つけては自宅から片道5時間かけて玄太さんに会いに行く生活を続けています。

6月、2か月ぶりに青森を訪れた際には、一緒に市内の温泉に行ったり、町中を散歩したりして家族の時間を過ごしました。

幸江さんは、受け入れてくれた青森の施設に感謝している一方で、玄大さんと離れて暮らす寂しさはいまも感じているといいます。

青森の施設を訪れる母親の幸江さん

母親の幸江さん
「玄太は私の生きていく支えみたいなもので、『元気でいよう』という力をわかせてくれる宝物のような存在です。自宅の近くでは行き場がなかったので、支援が大変な玄太を受け入れてくれた施設には感謝をしていますし、信頼もしています。自宅の近くには子どもを『託せる』と思えるような場所は少なくもっと選択肢がたくさんあると良いなと思います」

東京近郊の出身者が7割超

青森市にある社会福祉法人では、自宅近くで利用できる入所施設やグループホームを見つけられない障害のある人のために市内に住まいを設置し、現在、200人を超える東京出身の障害者が暮らしています。

青森市にある社会福祉法人「ゆきわり会」は、市内でグループホーム31か所と、入所施設1か所を運営しています。

運営するグループホームと入所施設では、先月の時点で328人の障害者が暮らしていますが、利用者の出身県別では、全体の73%にあたる241人が東京近郊の出身者です。

▼東京都 202人
▼千葉県 22人
▼埼玉県 9人
▼神奈川県 8人

法人によりますと、全員、重度の知的障害があり、自分を傷つけるなどしてしまう「強度行動障害」の人も多いということです。

また、利用者のほとんどが自宅近くでは入所施設の空きがなかったり、グループホームの利用を断られたりした人たちだということです。

法人では、特に都市部で重度の障害者向けの住まいが不足していたことから、10年前に、東京近郊の重度の障害者を受け入れるためのグループホームの事業を立ち上げました。

グループホームの入居者の活動

青森では都市部と比べて土地代にかかるコストが安い分、職員の給料を上げて人材を確保しているほか、職員向けの研修を行い、重い障害の人にも対応できるスキルの向上にも取り組んでいます。

また、気持ちが不安定になると物を壊してしまう障害者も多いことから、テレビや照明には専用のカバーを取り付けるなど、利用者が安全に過ごせるための設備も設けています。

現在も、東京近郊で利用できる入所施設やグループホームを見つけられない障害者の親などから、入居希望が相次いでいるため、法人はグループホームを増やしていて、ことし10月には、新たにあわせて20人が入居できるホームをオープンする予定だということです。

「ゆきわり会」 関良 理事長
「東京では『重度の障害者たちの行き場がない』と話を聞き家庭での生活も厳しい状況にあるということだったので、何とか対応したいと考え、このような事業を始めた。最近は全国的にグループホームが増えているが結局は支援が難しい重い障害のある方が、退居を迫られているという入居依頼が目立つので、まだまだ重度障害者が暮らせる環境は少ないのが現状だと思う。こうした障害のある方を受け入れるからには、楽しく安心して暮らしてもらえるように対応したい」

こうしたケースはほかでも起きているのか?

障害者の住まいの実態について、NHKは専門家と共同で全国のすべての市町村(※)と東京23区に対しアンケート調査を行い、全体の40%余りにあたる696の市区町村から回答を得ました。(※能登半島地震で大きな被害を受けた6市町は除く)

その結果、規模の大きな「入所施設」や地域の住宅などで少人数で暮らす「グループホーム」の利用を希望しながら空きがないために待機状態にある障害者が少なくとも延べ2万2000人余りいて、特に重度の知的障害がある人の住まいが不足していることがわかりました。

さらに、この調査の中で知的障害のある人が利用している入所施設やグループホームの場所を市区町村に尋ねたところ、もともと暮らしていた自宅などがある地域を離れ、別の都道府県の入所施設を利用している人が4697人、グループホームを利用している人が3068人いることがわかりました。

その理由を複数回答で尋ねたところ、最も多かった回答は

入所施設について
「自宅近くに入所施設があるが、空きがないため」 50.6%

グループホームについて
「自宅近くにグループホームはあるが、障害の特性と合わないため」 54.9%

条件にあう施設が見つけられずに住み慣れた地域を離れている障害者が多いことがわかりました。

夫が白血病に 貯金は底をつき…

遠方の施設に子どもを預けた親の中には、子どもに会いに行きたいのに病気や経済的な理由で2年以上会えていないという人もいます。

関西地方に住む40代の女性は、重度の知的障害と自閉症のある20代の娘が東北地方の施設に入居していて、親子離ればなれで生活しています。

関西地方に住む40代の女性

娘は「強度行動障害」で、こだわりが強く、深夜にドライブをせがんだり、気持ちが不安定になると大きな声をあげたりすることもあったということです。

こうした中、夫が白血病と診断されて長期入院が必要になりました。

女性は娘の世話を1人で担う期間が長く続いたことで体力が持たなくなり、自宅以外で娘が利用できる住まいを探すことにしました。

しかし、県内の入所施設には空きがなかったほか、重度の障害がある娘を受け入れてくれるグループホームもありませんでした。

その際、利用していた福祉サービスの関係者からすぐに入居ができるという東北の施設を紹介され、すがる思いで入居を決めたといいます。

母と娘

病気の影響で夫は勤務していた会社を退職し、現在は女性がパートを続けながら生活をつないでいます。

夫は現在も通院が必要で、入院や手術などであわせて約500万円の出費が必要となり、貯金はほとんど底を突いてしまったということです。

女性は、娘が施設でどんな暮らしをしているのか不安が尽きないということですが夫婦で往復10万円ほどかかる交通費や宿泊費を負担することも難しく、入居してから2年半以上もの間、一度も直接面会ができていません。

定期的に施設とテレビ電話をつないで娘の様子を確認していますが、慣れない場所でどのように暮らしているのか直接把握できず、心配が絶えないといいます。

遠方の施設に娘がいる女性
「娘は重い障害がありますが私が泣いているとじっと顔を見ながら心配してくれるような優しい子で、自分にとっては命のような存在です。自宅の近くに利用できる住まいがあればすぐにでも戻ってきてほしいですが、そのような環境はありません。施設のことは信頼していますが不安と心配でいっぱいです。それでも今は会いに行くこともできません」

法の理念と現実

障害者総合支援法」では、障害者の支援について、どこで誰と生活するかといった障害者の選択の機会が確保されることを基本理念に掲げています。

しかし、今回NHKが行った調査では、障害者の住まいの選択肢を確保することの難しさを訴える自治体が多くみられました。

各自治体に知的障害のある人が利用できる入所施設やグループホームでの生活、それに1人暮らしなど暮らしの選択肢が十分確保できているか尋ねたところ、「確保されていない」が41.2%で、「確保されている」と回答したのは10.2%にとどまりました。
(「どちらとも言えない」41.8%、「わからない」6.8%)

また、障害者の住まいの現状や課題を自由記述で尋ねたところ、選択肢の不足が遠方の施設利用につながっていると回答する自治体もありました。

自由記述欄
「町内に暮らしの場となる施設などがほぼないに等しく、障害者が暮らしの場を選べる状況にない」
「重度の方を受け入れてくれるグループホームホームの数が少なく、都内の入所施設は希望者が多く入所できない。何年も入所のために待機したり遠方の施設を選ばざるをえない方もいる」

「選択できる環境づくりが必要」

NHKと共同で調査を行った障害福祉に詳しい佛教大学社会福祉学部の田中智子教授は、次のように指摘します。

佛教大学社会福祉学部 田中智子教授
「自分の意思に基づく選択であればよいが、障害者の暮らしの場が至るところで足りていない中、空きがある遠方の住まいに移動するしかなかった人も少なくないと考えられる。知的障害のある人は自分の思いや感情を口にすることが難しい人も多く家族が代弁者の役割を果たしてきた面もある。子どものことが『気になるけど会えない』とか『会いたいけど会えない』というのは非常に大きな問題だ」

そのうえで、

「家族が会えるよう行政が面会のための交通費などを補助したり、根本的には、障害者が安心して暮らせる住まいを各地に整備したりすることが必要で本人が希望したときにはまた違う場所で暮らすことができるような、選択できる環境を作ることが大切だ」

“受け入れ施設 空きがない”障害者 延べ2万2000人待機

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