国内最大の家庭日用品の産地とされる和歌山県海南市。タワシやほうきなどの原料となるヤシ科の植物、シュロ(棕櫚)が栽培されていたことから、多くの日用品メーカーが拠点を構える。現在の主流製品はプラスチック製に移行しているなか、シュロを使ったこだわりのほうきを生み出している会社がある。試行錯誤を重ねて作られたシュロほうきは、機能性やデザインなどで人気。2万円を超える価格ながら、一部は納品が数カ月待ちだ。今や数少なくなった「シュロ職人」の育成も目指している。
優れた機能性
海南市東部、田園地帯の一角に今年2月、シュロほうきの工房が誕生した。立ち上げたのは、70年以上にわたりシュロ製の縄「シュロ縄」を製造してきた深海産業。シュロ縄で国内有数のメーカーだ。
工房では「Broom Craft」とのブランドでシュロほうきを製造している。「シュロほうきは畳だけでなくフローリングの部屋にこそ使ってほしい」。同社専務の深海耕司さん(39)は話す。
深海さんによると、天然素材の柔らかなシュロの繊維は静電気が起きにくくほこりが舞いにくいのが特徴。耐久性にも優れていてメンテナンスをしながら長く使用することができる。本来ほうきが持つ強みとして、効率良くごみなどを集められることや、掃除機のような音が出ないことも小さな子供を育てる世代から見直されているという。
職人育成に力
シュロ縄メーカーの深海産業だが、実はほうきを作ったことはなかった。新分野に踏み出すきっかけになったのは約10年前。深海さんらが、京都でシュロに似た素材、シダの加工職人の後継者がいない状況を聞いたことだったという。
海南でもシュロを扱う職人が少なくなっていた。 「シュロの良さを広めるには職人を増やすことが必要」(深海さん)として「職人育成プロジェクト」と銘打ち、約5年前からほうきの製造に取り組んだ。
地域に職人も少なくなったなか、自力で開発を進めた。集まったのは現在の職人の主力となっている地元の「主婦」たち。実用性はもちろん、デザイン性も両立させたほうきを目指す。
見た目にこだわろうと、シュロの成形に利用する銅線を削減。シュロ繊維を三つ編みで締め上げ、強度を確保する手法を開発した。デザイン性と耐久性が向上、「和モダン」としてアピールした。
また、力が強くなくても作業できるよう、使用する工具も改良するなど工夫を重ねたほか、家庭と両立できるよう働く時間も柔軟に対応したという。
ものづくりに興味があり、食品関係の工場から転職したという北原悠紀さん(45)は「職人の世界は厳しいイメージがあったが、分からないことも相談しながら着実に進むことができた。使った方から評価をいただけるのが何よりうれしい」と話す。
ほうきは百貨店や通販サイトなどで販売。2万台が売れ筋で、一部の商品は納品待ちが続く。
もっと身近に
海南特産家庭用品協同組合によると、海南では江戸時代の19世紀初頭にはシュロが栽培され、シュロ縄が製造されていたとの記録が残っている。明治期には、日清や日露の戦争時に縄や網の需要が増加、地場産業として発展した。昭和30年ごろに化学繊維を使った製品の開発が進み、天然素材のシュロの使用は減少、取り扱う企業は数社になったとみられるという。
同組合の担当者は「家庭日用品産業が発展したのは、シュロの加工技術の蓄積や経験があった。時代とともに素材は移り変わったが、シュロに関する歴史は重要」と話す。
今年2月にオープンした深海産業の工房は、トラック運送用のコンテナを改造した施設だ。これまで工場内で製造していたが、窓越しに作業の様子も見学できるようにした。直売所も兼ねていて実際に手に取って試せるほか、シュロ製品づくり体験などシュロをより身近に感じてもらおうという取り組みも始めている。
深海産業が挑んだシュロほうきづくりのプロジェクトからは、経験を積み独立した職人も出てきた。深海さんは「職人の数が増えることで、シュロほうきの存在を知ってもらえることにつながる。興味を持ち、使ってみたくなる人を増やしていきたい」と話している。(小泉一敏)
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