「チームメイトは全員がライバルでした」と話す寺嶋良選手
住んでいたマンションに図書館があった

――寺嶋選手は、Bリーグ随一の読書好きとして知られています。読書の原体験を聞かせてください。

僕は東京・江東区生まれで、中学を卒業するまで公立図書館が併設されたマンションに住んでいました。寺嶋家の門限は17時でしたが、図書館には20時までいることを許されました。小学生のときはいつも図書館の絵本や漫画を読んでいました。友達と外で遊ぶのも楽しいけれど、図書館の空間やにおいが好きな子どもだったのです。

中学は1時間かけて電車通学していたので、移動中に本を読んでいました。例えば山田悠介のホラーや湊かなえのミステリー、本屋大賞にノミネートされた小説などです。

――高校は地元を離れて、京都の洛南高校に進学したんですね。

洛南は高校バスケの強豪校で、チームメイト全員がライバルという状況でした。もともと僕は、親にも弱音を吐けない子どもでした。周りがライバルばかりという環境では、悩みを打ち明ける人も、相談する相手もいません。そんなとき、僕の相談相手になってくれたのは本でした。高校生だから本をたくさん買うお金はなく、図書館にあるさまざまなジャンルの本を読んでいました。

大学に入ってからは、うって変わって自己啓発書を読むようになりました。プロになった今は、いろんな作家のエッセーを読むことが多いですね。小さな頃からずっと本を読んできましたが、年代によって読むジャンルはずいぶん変わりました。

――なぜ、大学で自己啓発本を読むようになったのですか? 寺嶋選手は、バスケットボールの名門である東海大学に進学しています。名門校に入ったことと、自己啓発本を選んだことに関係はありますか?

大学に入ると、自分と向き合う機会が切実に欲しくなりました。当時からプロ選手を目指していましたが、プロになれるかどうか微妙なラインにいました。プロになるには、大学でエース級の扱いを受け、試合で最も活躍する選手でなければなりません。東海大は全国的な強豪校で、日本代表に選ばれる選手が何人もいました。そんななか、僕は4年生で控え選手でした。

夢はプロバスケットボール選手なのに、心のどこかに「プロは無理かもしれない」という思いがありました。夢を諦めバスケ以外の進路を考えるべきか、浪人してもプロを目指すのか、葛藤と不安がごちゃまぜになっていた。そんな状況でしたが、僕は人に聞いたり相談したりすることが相変わらず得意でありませんでした。変なプライドがあって、誰にも弱音を吐きたくないし、弱い部分を見せたくなかった。でも、この人生の分岐点にいろんな考え方や答えが欲しくなり、自己啓発本を読み始めました。本が僕の相談相手になってくれたんです。

――自己啓発本にもさまざまなものがありますが、どんな本を選んでいたのですか?

僕は、『大富豪からの手紙』(本田健著/ダイヤモンド社)や『運転者 未来を変える過去からの使者』(喜多川泰著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、小説のようにストーリー性がある自己啓発書が好きです。一般に自己啓発本というと、「こうしなさい」というノウハウが列挙されているイメージがあると思いますが、僕は押しつけがましいのが苦手です。ところが、この2冊は、物語の主人公が悩みながら成長していく姿と自分を重ねて学ぶことができ、納得のいかない部分は流してもいいと思える「余白」がありました。

『大富豪からの手紙』(本田健著)

移籍を後押しした本

『大富豪からの手紙』は、僕の考え方を変えた1冊です。出合いは、大学4年生で夢を諦めるか浪人するかを考えていたときでした。この本は、主人公が大富豪の祖父から、9つの手紙を受け取ることから始まります。1通の手紙に1つの行動指針が書かれていて、「偶然」から始まり、「決断」「直感」「行動」「お金」「仕事」「失敗」「人間関係」「運命」と続きます。主人公は旅をしながら手紙を読む中でさまざまな人たちと出会い、たくさんの経験をしながら成長していきます。

――寺嶋選手は大学在学中に「京都ハンナリーズ」とプロ契約を結ぶことができました。夢をかなえましたね。

その後、2021年に京都ハンナリーズから広島ドラゴンフライズに移籍したのですが、その決断をしたときも本書を読みました。

僕は、京都のチームではずっとレギュラーで試合に出ていました。チーム内の立ち位置が確立していたので、京都にいればずっと試合に出場できる可能性が高かったんです。一方で、広島はチーム自体が未知数で、移籍しても試合に出られない可能性がありました。周囲からは移籍を反対され、不安になることもありました。

そのとき、『大富豪からの手紙』にある、シンクロニシティー(一見偶然に見える、意味のある必然)に触れた部分を思い出しました。当時の僕は、マツダの車に乗りオレンジ色のバスケットシューズをはいていました。マツダの本社は広島にあり、オレンジ色は広島ドラゴンフライズのチームカラーです。小さな偶然ですが、本書では、「偶然とは運命の女神が人生を切り開くきっかけ」と書いてあります。車とシューズのシンクロニシティーから、僕は広島に縁があるんだと思いました。

そして、広島ドラゴンフライズのチームオーナーと話したとき、バスケットボールへの熱い想いを感じました。『大富豪からの手紙』には、理性や論理ではなく直感で決めることの大切さが書かれています。直感で決められるようになることで行動が早くなり、普通の人の何倍も挑戦する時間があるから成功する、と書かれているのです。それで、僕は周りの意見を気にせず直感を信じて、思い切って移籍することにしました。

――広島ドラゴンフライズへの移籍は成功でした。移籍2シーズン目で、チームはチャンピオンシップ(Bリーグの年間優勝チームを決めるトーナメント戦。24チーム中上位8チームが出場できる)に進出しました。

移籍を決断したからには、自分で選んだ道を正解にするしかないと考えていました。広島に来てからは、本当に努力しました。京都のチームに残っていたら、ここまでの努力はできていなかったと思えるほど練習できました。振り返れば、移籍の決断が自分を成長させるきっかけとなりました。もし移籍しなかったら日本代表にも選ばれていなかったと思います。

  • 著者 : 本田 健
  • 出版 : ダイヤモンド社
  • 価格 : 1,500円(税込み)
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    寺嶋 良
    プロバスケットボール選手。1997年生まれ、東京都出身。プロバスケットボールリーグ、Bリーグの広島ドラゴンフライズに所属するポイントガード。瞬発力とスピードが持ち味で、2022年ワールドカップアジア地区予選、2023年杭州アジア競技大会の日本代表に選出されている。幼少期からの本好きが高じて、オフコートでは自ら選書した本を届けるサブスクリプションサービス「テラシーの本棚」を運営している。

    (取材・文:石川歩、構成:桜井保幸=日経BOOKプラス編集、写真:小野さやか)

    [日経BOOKプラス2024年2月5日付記事を再構成]

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