私は三菱UFJリサーチ&コンサルティングのコンサルティング部門の人事として、採用から評価、育成までを一気通貫で担当しています。当社には複数の事業がありますが、特に規模が大きいのがコンサルティング部門とシンクタンク部門。よく言われることですが、コンサルティングビジネスやナレッジワークでは「人材が資源」となります。当社では、入社時の研修に始まり、社員の育成に力を入れています。
近年では新卒入社だけではなく、自動車業界、鉄道業界といった他業界・他業種からも「コンサルタントになりたい」と転職される人が増えてきました。「コンサルタントに必要な資質は?」と聞かれることがありますが、私は「幅広い視野を持つこと」が大事だと考えています。
コンサルタントの本分は個別のクライアントをサポートすることですが、企業の経営課題と日本・世界の課題は必ずどこかでつながってきます。そうしたときに状況を俯瞰(ふかん)できる、幅広い視野が求められます。
そのため当社では、本を活用し、経営コンサルタントを目指す人に向けた「最初の10冊」、実際に経営コンサルタントとなった人のための「基本の50冊」「発展の150冊」といった読書リストを用意しています。課題図書を特定するというよりは、1つの網羅的な羅針盤として活用してもらっています。
「世界標準」の経営理論が分かる本
そこで「最初の10冊」のさらに前段階、新入社員に渡している課題図書『 世界標準の経営理論 』(入山章栄著/ダイヤモンド社)をご紹介したいと思います。
本書が発売されたとき、私自身も読んでみて「これはいい」と思い、新入社員向けの課題図書として採用しました。ただ、832ページもある「鈍器」のように分厚い本なので、「1ページ目からすべて読んで、完読してください」と強制はしていません(笑)。章ごとに解説が完結しているので、興味のある章を読んでもらったり、ある1つの章を課題にして勉強会をしたり、という使い方をしています。過去には若手グループが自主的に勉強会を開いていた年もありました。
分厚い本ではありますが、やはり経営コンサルタントを目指す以上、経営理論、特にこの本に書かれている「世界標準」のものには触れてもらいたいですね。経営理論を解説した本は世の中にたくさんありますが、一昔前の日本企業を根拠として書かれているなど、時代にそぐわないものも見受けられます。
その点、本書は早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんのグローバルな経験を基にして書かれており、特に「序章」が素晴らしい。ここでは、経営理論とは何か、よって立つ根拠となる学問は何かが論じられています。私自身も何度も読み返し、そのたびに頭の中が整理される思いがします。
フレームワークを振りかざさない
正直、新入社員の段階では、「経営理論は抽象的で、読んでもすぐには分からない」という人も少なくないと思います。が、少し実務に触れてから読み直してもらうと、「この本で言われている経営理論とは、こういうことだったのか」と腑(ふ)に落ちる瞬間があるようです。
なお、経営関連の知識が付くと、ありがちなフレームワークを使ってクライアントに説明したくなるのですが、たいていウケないんです(笑)。「フレームワークを振りかざして、プレゼンするようなことはしないでね」とアドバイスしています。経営理論という抽象的なものと、コンサルティングという個別で具体的なものの間を行きつ戻りつしながら、コンサルタントとしての見識を磨いていく必要があると感じています。
本は貴重なギフト
今、時代の流れとしては、何かを学ぶ際に、タイパ(タイムパフォーマンス。投資時間に対する成果)を考え、「サクッと要点だけ動画で勉強したい」というふうになってきていると思います。効率はもちろん大事です。しかし、あえてこの分厚い本を新入社員に薦めています。それは、パフォーマンスを短期視点だけで考えることは、必ずしも長期的なキャリアのためにならないからです。
例えば、コンサルタントとして10回、20回とプロジェクトを担当したとき、経営理論に触れたことがある人であれば、その経験が整理されて、頭の中にマッピングされます。一方、経営理論を理解しないまま闇雲にプロジェクトに関わっていても、それはただ「こなしただけ」になってしまう。同じ内容、同じ量の仕事をしていても、成長の差はかなり大きなものとなるでしょう。
そう考えると、本は「あり得ないくらい貴重なギフト」です。だって、本書なら3190円(税込み)で世界最高レベルの知性による果実が学べるわけですから。もちろん、何十万円もかけてビジネススクールに行くことも大きな効果がありますが、腰を据えて1冊の本をとことん読み込んで考えるのは、長い目で見ればタイパは悪くないのです。
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名藤大樹三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング人材開発室長。マーケティング&DX企画室長を兼務。1998年、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの前身である三和総合研究所に入社。組織改革・人事制度改革(評価・報酬等)・人材育成の領域を中心にコンサルティング経験を重ね、現在は同社コンサルティング部門の人事管理とマーケティング活動を担当。
(取材・文:三浦香代子、写真:品田裕美)
[日経BOOKプラス2023年1月30日付記事を再構成]
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